フィルムカメラの巨人。キヤノンEOS-1Vという妥協なき選択。

Canon EOS-1V

Canon EOS-1Vは、キヤノン最後にして最高のフラッグシップモデル。フィルムにおける最新鋭の一眼レフカメラである。その評価は絶大で、プロアマ問わず圧倒的な支持を受ける。後世までも広く名を残すであろう逸品だ。

カメラは技術革新の連続。その存在が一般に浸透した近年の進化に限って鑑みても、その歩みは止まる事を知らない。レンジファインダーカメラから一眼レフカメラ、MFマニュアルフォーカスカメラからAFオートフォーカスカメラ、フィルムカメラからデジタルカメラ、デジタル一眼レフカメラからミラーレス一眼カメラ…。そんなふうに歴史の波は絶えず動き続けている。

ただし、その時その時に培われ洗練された技術と製品は、時代を経てもなお輝きを保ち続けている。名機は時代の寵児ちょうじとなり、その魅力は衰える事を知らない。EOS-1Vもまた技術革新とモデルチェンジという時代の狭間にあって、いつまでも人々の記憶に残り続ける存在なのである。

フィルム一眼のフィナーレを飾る。圧倒的存在感。

圧倒的存在感、EOS-1V

そのカメラ、EOS-1V。キヤノンにあって、フィルム一眼レフカメラのフラッグシップモデルとして、最後を飾るにふさわしい性能を誇っている。マグネシウム合金製の信頼のある剛性感は、所有する喜びを否応がなく満たす。もちろん高水準の防塵防滴性能を備えている。

防塵防滴性能で、乗り込む。

ファインダーは視野率100%、明るくピントの波を掴みやすい。AF性能も素早く、兎に角正確。まるでそれは獲物を狙う肉食獣かのよう。ひとたび食らいつけば、決して離そうとはしない。

その性能は折り紙付きではあれど、むしろグリップを握った時、手のひらに馴染むホールド感、それに外観の質感の良さといった直感的な部分に惚れる。ダイヤルからスイッチに至るまで、あらゆる部品の作りこみには感嘆する他ない。

グリップの素晴らしいホールド感。

実際に見て触ってみれば、ますますEOS-1Vというカメラに魅了されるのである。キヤノンは言う「完成された道具を持つ喜び、思うままに駆使する快感を提供します。」と。まさにその弁に偽りはない。

デジタルとフィルムのEOS、共通レンズを使用。

朝日に包まれる、EOS-1V

さてキヤノンのデジタル一眼レフEOSとフィルム一眼レフEOSは、いずれも同様にEFマウントレンズを使用する。つまるところ、いずれも同じレンズを使用できる。当然ながら、AFやIS(手ぶれ補正)イメージスタビライザーと言ったレンズの性能を完全に活かした撮影がいずれの場合でも可能である。

共通レンズ、EOS5DmarkⅣEOS7sEOS-1V

EOSシステムにおけるデジタルとフィルムの二台体制は、表現の幅を広げ、また保存の多様化を図れる。これほど贅沢で魅力的な撮影が可能になるというのは、写真にとって嬉しい事この上ない。これらを同時に持ち歩けば、撮影に万全の体制で挑めるというもの。フィルムカメラに最新レンズを装着して撮る楽しみは、またそれがEOS-1Vというカメラであればこそ、至極のものとなる。

フィルム一眼レフ、EOS-1V

フィルムの描写はラティチュードが広く、明暗差を難なく写しこむことが出来る。現実世界の豊かな階調をより再現できる。

デジタル一眼レフ、EOS5D4

デジタル一眼レフは、風景を精細な描写で表現でき、コントラストを強く生み出す。光と影を生かした表現が得意。

フィルムEOSとデジタルEOSの二台体制。

特に山など急激な天候の変化がある場所、または天気予報が天候不順を示す場合。共に信頼ある剛性、防塵防滴性能を保つEOSシステム一眼レフを2台体制で運用してみるのも良い。どのような状況でも安心して撮影に挑めるという安心感が、その撮影を常に支え続けてくれるものとなる。上記写真ではカメラバッグとして、シンクタンクフォト社のレトロスペクティブ30を使用。

約18年のロングセラー、支持され続けた信頼。

状況に応じて、信頼ある機能。

キヤノンのEOS-1Vは、2000年から販売を始め2018年という長きに渡って支持を集めた。約18年という長い月日を経て、キヤノンの最後まで販売を続けたフィルムカメラとして、その幕を下ろしたのである。このように長い支持を受けるカメラには、売り手と買い手双方の支持が欠かせないもの。この点から鑑みても、製品としての完成度の高さは、それを手に取る者達のお墨付きを得たものと言って良い。

往年のフラッグシップ機たち

これとよく似た状況の製品が、Nikon F3ではないだろうか。1980年から2000年まで、約20年に渡って長期間販売された名機である。そして結果を見ればメーカーは異なるにせよ、そのF3から次の時代のバトンを託されたのが、このCanon EOS-1Vであったのである。いずれもまさに時代の繋ぎ目に相応しく、当時の技術の粋を結集し、それらを上手いこと纏め上げて集約されたカメラである。

里山に差し込む、夕刻の光。

ニコンのF3が撮る行為までも楽しめる製品だとしたら、キヤノンのEOS-1Vは撮らんとするものが撮れる製品であるように感じる。それはいずれも写真に対する喜びである。

何処へでも、共に出かけられる信頼。

何よりプロの使用に耐え、そこに求められる機能性と信頼性が無ければ、長くフラッグシップモデルとしての地位を保つことは適わない。また実際に使用してみても、道具として不満に思う点がほとんど無いということが、このカメラの圧倒的な支持につながっているものだと思える。

機能としての信頼感。そのすべてが優秀。

新品から変わらず高精度のシャッターを実現するロータリーマグネット式電子シャッター。カーボンファイバーや超ジュラルミンという素材を用い、シャッター耐久15万回を超える性能。高耐久を実現する。シャッタースピードは最大1/8000秒、ストロボ同調速度は最大1/250秒を実現した。

AF性能、動きものもなんのその。

またAF性能として45点の測距点。中央部7点では、高精度のクロスセンサーが採用されている。また中央1点センサーにおいては、F5.6とF4のクロス測距、さらにF8の測距までも可能となっている。その精度は特に素晴らしいため、常用するのも吉。それにレンズの開放値にもよれど、エクステンダー使用の際においても中央1点センサーではほとんどの場合、AFが可能になる。

適正露出、フィルムの性能を生かす。

測光では、21分割評価測光、中央部部分測光、中央部スポット測光、マルチスポット測光、中央部重点平均測光、など幾多のモードを使用することが出来る。特に21分割評価測光は、構図や撮影状況に応じて瞬時に露出を算出するアルゴニズムを備えている。これはプロの使用に耐え、常に高精度に適正露出を得られる。フィルムの表現力を最大限に生かすことが出来るものである。

光を、確実にとらえる。

しかも、PB-E2というバッテリーグリップ使用の際にあっては、連射性能がさらに向上。フィルムカメラとして最速。秒間約9コマの高速連続撮影に対応した動体予測AIサーボAF、単純高速連続撮影なら秒間10コマを実現する。このバッテリーグリップを標準装着したモデルは、EOS-1V HSとして販売され、またグリップ単体を別売されたものを購入し、装着することも可能。

Canon EOS-1Vの作例

その露出アルゴニズムは非常に安定。現像後にはレンズやフィルム本来の性能を十二分に活かした写真を愛でることが出来る。失敗が殆ど無いカメラであるという事が出来る。上記の写真は画角の違いはあれど、並べてズームレンズを使用している。そうして撮影における利便性や機能性を更に追求したくなる。

Canon EOS-1Vの使い方および外観

キヤノンEOS-1Vの外観。

丸っこい曲線フォルムをしている。Vというロゴプレートは非常に上質で惚れ惚れする。グリップはとても持ちやすい。

キヤノンEOS-1Vの背面。

背面にはダイヤルスイッチ、AEロックボタン、電源ボタンなど必要最小限。取扱説明書が無くとも直感的な操作が可能。

右上部の液晶表示。

この液晶部分に必要な情報は表示されている。電池残量なども嬉しいところである。絞り、シャッター速度、露出補正、撮影モード、セルフタイマーや連射モード、測光モードなど多くの情報が網羅されている。デジタルEOSにもしっかりと受け継がれた表示なだけあって、とても見やすい。

電源のON/OFFの方法。電子音の操作。

背面最下部で、ON/OFFを操作。

背面の最下部のスイッチで、ON/OFFの電源操作。ONにすればカメラが作動する。ON表示上のラッパマークにスイッチすると、AF作動音を鳴らすことが出来るようになる。耳でAFの合焦を確認する事ができるのは非常に便利である。その反面、静かな環境では音が周囲に聞こえてしまう。

フィルムの装填。全自動で回収まで支援。

フィルムの装填、回収も楽々。全自動オートマチックでのフィルム制御。老若男女問わず、誰もが失敗無く安心してフィルム撮影を楽しむことが出来る。こうした点から鑑みても、デジタルからの写真入門者もこのカメラではほとんどデジタルと感覚の違いを感じることなく、撮影に没頭できるはずである。

裏蓋を開ける。

❶側面についているストッパーボタンを押しながら、レバーを押し下げて開蓋する。

フィルムを装填する。

❷単純にフィルムを装填し、ベロの先端をオレンジ線の位置まで引っ張る。

装填後、裏蓋を閉じる。

❸最後に裏蓋を閉じる。これだけであとはフィルムのセッティングまでもカメラが全自動で制御してくれる。機械音が消えたら撮影を開始するのみ。

フィルムの回収は同様に、フィルムをすべて撮影し終わったら自動的に巻き上げを行う。音が止まり、上部液晶に表示されているフィルム枚数が0枚までカウントダウンしてしまえば、あとは裏蓋を開き巻き上げ終わったフィルムを回収するのみ。

各種モード切替の仕方。セルフタイマーの方法。

このボタンがキヤノン一眼レフの他機種と操作系の少々異なるところ。モード変換はこのボタンの組み合わせで行う。具体的には、単一ボタン押し、2か所同時押し。それで右上部ダイヤルと裏蓋ダイヤルを操作することによってモード変更を行う。この点は少々頭の片隅に入れておきたい。

左上のボタンで設定、モード切替。

左上部ボタンを押しながら操作系ダイヤルを回す。トライアングルの上、MODEボタンで「プログラムオート、絞り優先、シャッター速度優先、マニュアルなど」設定可能。左、AFボタンで「ONE SHOT、AL SERVO」の切り替え。下、測光マークで「測光モード:評価測光、スポット測光、中央重点平均測光など」の切り替え。同じボタンで裏蓋ダイヤルを回すと「露出補正±」が可能。

連射やセルフタイマー。モード切替。

もっと重要なのは、2か所のボタンを同時押し、そしてダイヤル操作することでその他のモード切替が行える点。特に使用するのが、上下2つのボタンを同時押し。MODEと測光マークボタンの同時押しで「連射モード、セルフタイマーモード(10秒、2秒)」の変更が行える。その他、異なる二つのボタンの同時押しで切り替えられるのは、ISO感度や多重露出(多重露光)など。

電池交換の方法。電池は2CR5使用。

コイン式ねじで安心。

外出先での電池交換も容易。コイン式ねじは突然の脱落も無く安心。グリップの中に電池を挿入する。

グリップをスライドさせる。

グリップを脱着させることで電池交換が可能。スライドさせることで、グリップを外すことが出来る。

電池、2CR5を挿入する。

電池は、2CR5を使用する。デジタル一眼レフと比べればバッテリーの持ちは圧倒的に良い。使用頻度によっても異なるが、大体数か月から半年以上は持つ省エネ具合である。ただし他のフィルムカメラと比べてみれば、電子制御部分が多いためか比較的電池消耗する部類とみるべきである。

フィルム確認窓とDXコード対応。

フィルム関連の失敗を減らす中で意外と重要なのが、フィルムが装填されているか否かの確認が可能な小窓の存在。これによってフィルムを無駄に浪費したり、感光させてしまう問題を排除できるのである。

案外重要な、フィルム確認用の小窓。

もちろんながらフィルム側のDXコードに対応している。そのためISO感度などはフィルムを装填した時点で自動で設定される。このことからヒューマンエラーを少しでも排除し、フィルム本来の表現力を思う存分発揮できるという安心感が生まれる。

レビュー:フィルムカメラとしての最終到着地点。

このEOS-1Vは、現実としてフィルムカメラの最終到着地点となった。フィルムという記録媒体を使用するカメラとして、その性能を最大限に引き出すことが出来るカメラでもある。使用者がフィルムを触る瞬間は、装填するところと回収するところという2点でしかない。他は全自動操作で必要な事柄をすべてカメラが為してくれるのである。

信頼感のあるフィルムカメラ、EOS-1Vと。

キヤノンのデジタルEOSを持っていれば、その操作系に対する違和感は殆どない。そもそも、それらの一眼レフカメラが、このフィルムEOSの系譜を引き継ぐものであることを考えれば、当然というもの。ただデジタルEOSでは、独立した親指AFボタンが設置されていたりと進化しているけれど、このEOS-1Vには存在していなかったりもする。

道具としての完成度が高い。

カメラは道具。道具であるからには使うものでなければならない。これほど高性能な道具ともなれば、道具に使わされてしまう事もある。そんな際には、時にMF切り替えて撮影してみるのも良い。ピントの波がつかみやすいファインダーを以って。そうするとより道具として、EOS-1Vの手綱を握る事ができる。写真をもっと自己の表現としてのものに引き寄せ、その上でEOS-1Vという駿馬を走らせるならば、そこに最高の一枚が生み出されるに違いない。

EOS-1Vの特に優れたポイント

特に優れたるところというよりも、このカメラは兎にも角にも高水準のオールラウンダーであるところが得てして素晴らしいところである。何をさせても全てを恙なくこなす。そんな風に圧倒的優等生としての地位を確立したカメラである。またその信頼性は抜群、雷火事親父かみなりかじおやじ、どのような状況にさえ耐えてくれるはずであるとの剛性感には脱帽する。

動きものから、風景写真まで。

グリップの良さ、AFの著しい食い付き、シャッターを押したときの甲高い音。そうした直感的な部分はまさに一流。さらには、視野率100%という作品を意図した撮影を可能とし、フィルムが元来備えたる表現力を十二分に引き出すことが出来る露出制御は、写真表現をより豊かなものとしてくれる。人が満足する期待値を軽々と超え、その基準を知らぬうちに引き上げてしまうのである。

柔らかな光、優しげな風を捉える。

これを一台持ち歩くだけで、風景写真はもちろん、人物ポートレート、動物写真、乗り物写真…、あらゆる用途で活躍すること間違いない。つまり、逆に考えると残すところ撮影者の意図や腕というものにしか言い訳が通用しないという恐ろしいカメラであるという事もできる。デジタルからの入門者がレンズ資産を活かしてフィルムをはじめ、しかもカメラとして最高の地位、EOS-1Vを持つ。それは表現者として、輝かしい道すじの始まりというべきであろう。

EOS-1Vの苦手とするところ

性能としての欠点を探すのは非常に難しいカメラであると言える。もはやそれほどに完成された製品である。強いて言えば、やはりその重量は、本体だけで945gで電池を挿入すれば更に増える。一台での運用ではさほど気にならぬが、二台体制の際には多少負担が増えるものである。そうした際には適材適所、EOS7sなどを手にするのも良い選択肢になる。

それから街撮りの際には、そのオーラとも相まって周囲に対する威圧感を多少なり与えてしまうことにもなろう。そう言った意味でも可能な限り運用する場所や方法は、使う際に思慮に入れておくべきであろうと思える。

これらは些細ささいな点であり、その地位や立場を揺るがす問題点は一切ない。むしろこのカメラがあれば、他のほぼ全てのカメラをその性能で踰越する。大は小を兼ねる。フィルム一眼レフとして最高の性能を手にする喜びは計り知れない。

コラム:写真の恩恵と代償。写真を撮り、残す。

写真にはチカラがある。その時代を揺り動かすほどの。カメラは”時間”と”空間”を切り取る。それは時として大きなうねり、絶大なるパワーを生み出すのである。ただし「まことを写す」はずの写真それ自体の存在は、事実じじつとしての一側面であって、必ずしも真実しんじつを映し出しているとは限らない性質のものである。ただ断片を組み合わせるだけでは、大切な言葉すら価値を持たない。

ある側面から見て円であっても、他の方向から見てまた円であるとは限らない。真実は球であるか、円柱であるか、円錐であるか。その解を導き出すには、より多角的で多くの視点が必要になるのである。こうして古今東西のメディアがはらむ危険性を、この写真も常に伴っているのである。カメラの歴史と進化は、報道写真・フォトジャーナリズムと歩みを共にしてきた。

4年に一度の平和の祭典といえばオリンピックであるが、事実上カメラにとっても大きな祭典の一つとなっている。報道という分野に欠かせないカメラ機材の進化は、このオリンピックを契機とするものでもある。だがカメラが重要な位置づけを担ってきたのは、平和的で文化的な側面だけではない。その裏腹に戦争や扇動に用いられてきた側面さえも往々にしてあるのである。

グラフ誌が歴史的に見て発展したのは、大戦前後や冷戦前後の事であった。各国が競ってプロパガンダ戦争を繰り広げていた最中さなか、重要度を増したのがフォトジャーナリズムやデザインの分野である。この時代においては、アメリカの「ライフ」や「ルック」、「ナショナルジオグラフィック」、イギリスの「ピクチャーポスト」、フランスの「ヴュ」や「パリマッチ」、ドイツの「シュテルン」、ソ連の「ソ連邦建設」、日本の「朝日グラフ」や「FRONT」など大きく台頭した。

これらのグラフ誌は実質的に自らの文化の先進性や正当性を主張し、それらを広く世界に知らしめる広告塔の役割を担った。そこに掲載された写真と文章は、各国の思惑を担う尖兵としての地位を手にしていたのである。その頃、リップマンが「世論よろん」という著作を発表。事実を恣意しい的に選別する”ステレオタイプ”に警鐘を鳴らし、克服せねばならない対象として考察した。

写真はやはりこれらを無視して語ることはできない。ロバート・キャパやアンリ・ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモア、ユージン・スミスをはじめ、現在にも続く系譜を持つマグナムフォト。日本人でいえば、名取洋之助、土門拳、木村伊兵衛、沢田教一など、挙げればきりがないが、この時代を担った写真家でグラフ誌に関りを持たずに名をあげた者は少ない。

写真の歴史は、こうして報道と歩調を合わせて紡がれてきた。そしてそれは、歴史の正と負の両面を担ってきたという部分でもある。EOS-1Vというカメラもまた、プロ仕様のフラッグシップ型として報道の最前線に立ち、常に時代の世相を捉え、人々の記憶に残る「事実」を残し続けてきた。道具は使われてこそ、そこに精神が宿るというもの。民草たみくさもまた同様に数多くの事実を残し、完全に掌握することの難しい真実へ、少しづつでも近づいていきたいものである。

歴史上にプロが残した多くの写真とは別に、一般の人々が残す極々当たり前の情景、多くの何気ない風景によって、やがて歴史の真実は、より多角的に薄ぼんやりと照らし出されていくであろうから。

写真で、世界を共有できる。写真を見る、伝える。

写真というジャンルを考えてみると、実に豊富なものがある。例えば、風景写真や動物写真、料理写真、人物写真、報道写真、広告写真、草花写真、鉄道写真、スポーツ写真、顕微鏡写真、天体写真などなど。これらをジャンルとすれば、挙げるに切りがないほどに無尽蔵に広がりゆく。

そして、それぞれに適性を持った写真家や愛好家たちが存在している。写真をもっと掘り下げてみれば、自らのものの見方や捉え方を露出させ、他者と共有し、あるいは共感することのできる行為だと見ることが出来る。他者の楽しみを自らの楽しみとし得れば、より多くの歓喜に包まれ、それによって広がりゆく世界を感じ、ひいてはより豊かな人生を送ることが出来るのである。

己の見ている世界が、風景が、空気が、彼の見ている世界ではない。写真は、その違いを知ることのできる手段でもある。彼の写真をみて、「い」と思うことが出来れば、これほど嬉しいことはない。それは少しだけ己の世界を広げる一助となる。そして実際に、他者の見ている世界を眺めに出向いてみるのも良い。EOS-1Vは、自らの世界観を切り取り、他者と共感を深める糧となる。

生まれてから亡くなるまで経験する、人の成長もそのように世界の広がりをもたらし続けるもの。昔見ていた風景が、今見ている風景とは必ずや異なっている。発見や経験が増えるにつれ、世界はもっと豊かになる。興味の芽生えた、様々な経験や出来事をジャンルに捕らわれずに撮る。このカメラはそんな風にあらゆる撮影を可能とし、その希望を最大限にかなえてくれるものである。

自己を肯定し、あるいは反省し、他者を尊敬し、共感する。写真は、いつだって素晴らしい。

ストラップは、ピークデザインでシステム構築。

ピークデザイン社の撮影システムを導入、すると革命が起きる。ストラップは手首から肩掛けから、いくらかの種類が存在しているものの、それらを付け替えることが出来るという一点だけでも価値がある。そして、新しいストラップを導入する必要もなく、これまでの愛用品を更に活かす。

ストラップは、カメラメーカー各社から柔らかく扱いやすい逸品が販売されている。それらを更にシステム化させるのも良し、スライドと呼ばれるピークデザインのストラップを用いるのも良し、そうした多様な選択が用意されている事が、そもそも素晴らしいのである。

ストラップを適時選択する。

状況に応じて、適時ストラップを選択。より流動的な撮影スタイルを構築。ストラップが煩雑にならないことで、よりスマートな撮影を実現する。そうして訪れる良き出会いに乾杯。

このコラムの筆者
ZINEえぬたな

"古典は常に新しい"をモットーとして、相続されるべき普遍的な「価値」を次世代へ継承。

個人で編集するZINEをブログ上で運営。「えぬたな」は一つ一つの記事を読み切りとして編集。自らの写真と文章で、ヒトの思いを伝え、世の中の良いモノ、残すべきコトを紹介。

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