ドンケF-6レビュー。写真の原点に立ち返る、最良のカメラバッグ。

カメラ

『軽量・コンパクト、体に良く馴染んで、必要ならばバッグを下げたまま走り出すことが出来る』

これはDOMKEドンケの製品づくりにおけるコンセプトである。その言葉通り、身体に馴染む。ただそれだけでなく周囲にも馴染む。それは写真という威圧的な行為を懐柔する事を意味する。機能的でありながら、お洒落。大活躍する事、請け合いのカメラバッグである。

ドンケF-6初めてのカメラバッグとしてもオススメである。バッグの場合、機材の種類や量、何処へ赴くかなどによっても選択する必要が出てくる。写真を嗜み、一眼レフカメラなどを持ってすぐの場合には、レンズの数なども少ない。同時に、機材を最小限で押さえたい場合などにも丁度良いサイズだ。

ドンケF-6は、”間違いない”製品である。

ドンケを背負い、風情ある港町を歩く。

1976年ガレージにミシンを置いて始まったドンケ。その存在はとても有名だ。生地には、頑丈柔軟なコットンキャンバス。金具はシンプルに壊れにくいものを使用。その機能性とお洒落さ故に、セレクトショップのビームスやカメラメーカーのニコンなどともコラボしている。特に「F-2」はロングセラーで、支持者も多く、名品との呼び声も高い。

使い勝手がよく、邪魔にならない。

それを小型化した「F-6」もまた同様に、製品として間違いない。報道カメラマンとして活躍していた創業者Jim Domkeジムドンケ氏が自らが使い易いものを作ったというように、何処へ持ち歩くにも違和感なく行動でき、小ぶりで邪魔にならない。そんな風に、スナップに最適化されたショルダーバッグであると言える。

ドンケF-6は、違和感無く立ち振る舞う。

30年以上も前の製品でありながら、その形を変えずに作り続けられている。それでも堅固けんごに支持され続けてきたドンケ。「変わらない」が代名詞でありながら、常に新しい。洗練され叩き上げられた思想は、一向に古びれる事がない。むしろ常にその時代の最先端を行くカメラバッグである。

晴れの日を楽しくする相棒。

このカメラバッグは晴れの日に使うことを考えれば、撮影行を必ずや楽しいものにしてくれるに違いない。素晴らしい見た目、帆布独特の手触り感は、ただ常に持ち歩き、視界に触れるだけで心健やかな小気味の良い気持ちになるものである。

旅心地、晴れやかに。

ドンケF-6スタンダードの不安要素といえば、防水性である。急な土砂降りには不安要素も大きい為、可能な限り安定した天気で運用したいものである。本格的なアウトドアや長時間使用の場合、やはり違う選択肢も視野に入れるべきであろう。

それでも、レインカバーやインナーカバーを別途容易すれば、そんな状況も特に問題にはならない。もしもこのカメラバッグを基本装備でそのまま使用する場合には、内容物であるカメラやレンズをできるだけ防塵防滴構造のものにしておきたい。そもそも雨を完全にスルーする訳ではなく、帆布独特の耐水構造が内部への浸水をかなりの程度遮断してくれるのだから。

晴れの日、軽快な旅路。

晴れの日には、休日に出かけた先で喫茶店に入ったり、雑貨店に入ったり、そうした気ままな旅道楽をしたい。しかもそれを後押ししてくれるような製品である。見た目のオシャレさと小ぶりさが、そんな軽快な旅へと導いてくれるものである。

防水性能に特にこだわりたいならば、バリスティックナイロン製のドンケF-6BBを視野に入れるべきである。この製品は、防弾チョッキにも用いられるナイロン素材により更に強度を高め、ウレタン特殊加工により、強力な撥水性能を備えている。雨の日にも使用することを想定しているなら、こちらのモデルが更にオススメだ。

軽快さが、何よりの魅力。

カメラバッグは重い。特に保護材が多いものは2~3kgほどしてしまうものも多い世界だ。そんな中でドンケF-6の約0.8kgという重さは魅力的である。過保護なクッションは無用の長物。やはりカメラを収納するバッグは実用的でなければならないのである。

港町とドンケF-6

最初にこの製品を選んでしまい、この点の素晴らしさに気がつく前には、他の製品へ手を出してしまいがちである。もちろん撮影スタイルは人それぞれである。しかし、最終的には軽量で使い勝手の良いドンケの素晴らしさに気づき、再び舞い戻ってしまうという程の魅力が詰まっている。

写真を撮る際には、単なる重量の軽さが魅力であるばかりでなく、心の軽快さが何より必要だったりする。写真にメンタルは何より重要な要素。心が晴れるような写真行では、良き出会いに多く恵まれる。そして何よりそんな状況を得られる事こそがメリットなのである。

つい外へと、繰り出したくなる。

ところでドンケF-6は、サブのカメラバッグとして2個目以上で購入を考えている人にとってもオススメである。丁度の良い大きさは「少しだけ小さなカメラバッグ」という位置づけ。F-2など、もっと容量の大きいカメラバッグを持っていたとしても、機材の量に応じて適時バッグのサイズも変化させたいものである。それこそ晴れた日の日曜日に、界隈を散歩するときにも丁度良い。

ドンケF-6はピカイチの鞄。使い方と外観。

小ぶりでありながら収納力抜群。軽快さが素晴らしい。

収納力は必要十分。標準域のズームレンズや単焦点レンズなら難なく収納することが出来る。望遠レンズは大型のものの場合、入っても上部が突起する可能性はある。ただし大きな機材の場合、クッションの配置を考え、もしくは取り外す事でかなりの量を収納することが可能である。

これくらいなら、まだまだ余裕がある。

多くの機材をもれなく持ち運びたいというニーズがあるならば、その他のカメラバッグをおすすめする。しかしそんな大容量のカメラバッグも、少ない機材で十分である場合には、ただ邪魔になるものである。適量を持ち運ぶというのは、写真にとって必要な事柄でもある。

上記が写真で梱包されている装備。機材の必要量に応じて適材適所、カメラバッグの運用は考えていく必要がある。これ以上の容量を欲するならば、それは大きいバッグの出番。

取り回しやすさピカイチ。

ドンケF-6の質感は帆布なだけあって、手触りがとても良い。そして使い込めば使い込むほどに、その柔軟さも増す。経年変化も楽しめる素材である。開口部は広く取り出しやすい

帆布の手触り感が良い。

この帆布はとても柔らかで気持ちが良い。この鞄を背負うと体を包み込むように密着する。それで安定感も増すような気がしている。無理にでも詰めようと思えば、かなりの機材量を詰め込むことが出来る性能を持つ。

頑強な金属のフックとD環。

金属のフリップフック。急な荷物の増加にも容易に対応することが出来る。スペックの容量とは関係なく、蓋さえ閉まれば運用できる

幅が広く、頑丈な肩掛け紐。

肩掛け紐は広さがあり、裏には二線のゴムが吹き付けてある為、安定感抜群で滑りにくい。持ちやすく手触り感が非常に気持ち良い。

使い勝手の良い、小ぶりなドンケF-6。

しかし広さがあるとはいえ、薄く頑丈な素材で編み込まれている為、案外肩に食い込む。だからこそ適量を考えながら運用すると、この鞄の力を発揮する。もしも急な荷物の増量があったとしても、それに難なく対応できる点は特筆するに値する。

街歩きでは軽快さを維持するためにも、多少余裕を持たせるほうが良いようだ。丁度そのくらいで機材を取捨選択したいものである。また収納量や重さに、より対応していきたいならばショルダーパットを挿入する方法もある。

MADE IN U.S.Aのタグ

メイドインUSAのタグが嬉しい。未だ欧米先進国で生産されたものを見るのは珍しい。

ドンケのタグ

しっかりとした作りに信頼感が置ける。ドンケフラッグはその証。

カメラバッグは、荷物の量や使用目的によって大まかに使い分けたい。”よりシンプルに、よりラフに。”そんな撮影ではドンケF-6の使用頻度がとても高い。より重量級の望遠系レンズを持ち歩く際は、レトロスペクティブ30を使用。そんな風に使い分けている。ドンケでもF-2やF-1などとの併用はオススメである。

ドンケは、多くの報道カメラマンから支持されてもいるカメラバッグ。日本では、不肖宮嶋の名で知られる報道写真家、宮嶋茂樹氏が愛用しているバッグとしても有名である。

収納の容量もピカイチ。

内容物を取捨選択したいとはいえ、入れようと思えば兎に角入ってしまう優れものなのである。だからついつい入れ過ぎてしまうキライがある。急な荷物の増加は何のその対応できる凄み。上着なども空いた隙間のどこかしらに収納することが出来るのだ。

底面まで、ぐるりと支える肩紐。

しかも肩紐は、バッグ本体の底面までしっかりと支えてくれている。ほとんどのショルダーバッグでは、側面に縫い付けられている事が多い。こうした作りの良さによって、バッグ全体を肩紐が支えている安心感がある。

正面に、ファスナ収納。

文庫本くらいなんのその。フィルムやバッテリー、フィルターなど小物は何でも入る。もちろん一眼レフ本体も入れる事が可能。

蓋の裏側にもファスナ収納。

こちらにも文庫本くらいなら容易に入れることが出来る。メモ帳や旅先で貰う小さな冊子などが入るのは嬉しい。

背部には、アイパッドプロ9.7インチも収納可能。

タブレットPCの9.7インチが入る収納であるから、B5の雑誌くらいなら十分に入れることが出来る。背中に当たる場所にあるので、入れるものには配慮したい。

付属するクッションケース。

色々と中に挿入する保護クッションを検討し、購入しもしたが、結果として付属するクッションケースが一番使い易い。中にはベルクロが横一線に配置されており、クッション材はそれに固定させる。位置を自由自在に変更できるため便利である。一応バック底面にも保護材が薄く入っている。

レビュー:ドンケF-6は、軽装備でも頼もしいやつ。

ドンケF-6は、いつだって頼もしい。

ドンケの素晴らしさは、その見た目からは想像もできない容量を収納できるポテンシャルの高さである。使い方として、最高の使い方はフリップフックを止めたまま、フラップも閉めたまま、その隙間から収納する方法。こうすることで、横から簡単に収納できるほか、フラップを被せれば飛び出したりもしない。とても素早い取り出しと収納を実現することが出来る。

しかも見た目も素晴らしく、お洒落である。所謂いわゆるカメラバッグというものは、如何いかにもその手のものであると周囲に悟らせてしまうような格好のものが多い。

ドンケはお洒落で、使い勝手が良い。

しかしドンケF-6であれば、撮影行という目的でなくても使える。例え近所の買い物でさえもクッションケースを外せば持ち歩くことが出来るし、しかもそのように用いたとしてもなんら違和感のない佇まい。街中で気兼ねなく撮影に集中できる。そこが嬉しい。ただ何となく何時いつもこのバッグを選んでしまうほど、使用における満足度も高い。

クッション材が、薄いほうが良い。

ドンケを購入する際に、ひとまず問題になるのが保護クッション材が必要最小限である点。そこが懸念材料となり二の足を踏む人も多いであろうと思える。しかしこの保護材の薄さが機材の保護に問題となった事は一度たりとも無い

当初そうした部分を補おうと、クッションケースを別途購入し使用していたが、それがかえって煩わしさとなった。ドンケの魅力はその収納力の素晴らしさであり、過剰なクッションはむしろその長所を相殺してしまうのである。しかも重量も同様に増える事になる。

使い勝手の良いドンケF-6

写真は、「上手いかどうか。」というより重要な部分がある。それが「その瞬間を撮れたかどうか。」という事である。使う事を意識すると、過剰な梱包よりも、取り回しの快適さが重要である事に段々と気が付くのである。

しかしながら、もっと保護された方が良いという思想が優勢なら、実用性が高いインナークッションがある。形が可変的で、ドンケ本来の柔軟さを損なわない。それがメモグラ社のフレキシブルカメラインナーバッグケースMサイズ。これがドンケF-6が為に造られたのではないかと思えるほどジャストサイズである。

F-6に付属するインナーボックス。

快適なドンケ付属のインナーボックス。よく考えられた思想。やはりF-6に最も合う。保護性能が問題になった事は一度もない。紆余曲折あっても、最終的に行き着く先。

メモグラ社のインナーボックス。

過剰な保護は長所を失うことになりかねない。F-6の柔軟性を活かした保護クッション。巾着型であることで広がる収納性も活かす。また防水素材も採用され、ドンケ に過大に期待できない防水性を担保してくれる。

存在感、威圧感、TPO。

カメラに存在感や威圧感があるというのは、写真を撮るものならだれでも知り得る事柄である。人であろうと、動物であろうと、レンズを向けた瞬間に銃口を向けられるのと等しく、そこに少なからずの緊張感が張り詰める。カメラが目立たない事は、一つ重要な事である。

ドンケF-6、そこに在って、無いような佇まい。

しかしそれ以上に重要なのは、撮影者の佇まいがその場に相応しいかどうかである。そこに違和感が表出しているなら、カメラを取り出す以前から存在感と威圧感がある。その場に相応しい恰好や態度である事も含めて、TPOを弁える事。それを疎かにすることはできないのである。

という事は、その部分にカメラバッグという存在も大きく影響している事は間違いない。ドンケF-6は、街中でさえもカメラバッグであることを周囲に気付かせない。そんな佇まいが素晴らしいのである。

コラム:良い物を持つ悦び

良い物というのは、目に触れるだけで、そこに在るだけで、心嬉しい気持ちになるものである。

現代の資本主義社会において、選択肢の飽和、増殖は我々に無限の喜びをもたらし得ると同時に、かえって苦悩に陥らせるものでもある。旧社会主義圏の国々では、コーラやラムネなど炭酸飲料を並べ、選択肢はいくつかと尋ねたとしても、「サイダーという選択肢一つである」と捉える人々が多かった事例は、よく知られる事でもある。

ある意味でそれは、選択肢に恵まれ、選択する自由を謳歌する資本主義に感謝する状況である。それと共に、かえって多様に生み出される差別化によって、物の本質を見誤っているのではないかという恐怖にかられるものである。

消費というものは、無限に生み出される欲望が原点にある。カラーバリエーションやバージョンアップなど少しの変化が大きな差異として殊更に誇張され、新たな商品として機能するのである。ただし無限の需要を賄う大量消費社会によって用いられる資源は、そもそも天然の有限資源である。そこに大いなる矛盾が生じ、我々の生活を根底から揺るがしかねない。

さてそこで再評価されるべきは、伝統的な美意識とモノに対する価値観ではないだろうか。

例えば、金銭的な価値は物の本質と言うわけではない。交通、食品、物流、医療、教育、旅行、などなどあらゆる業種で昨今「安いことは良いことだ。」「自由なのは良いことだ。」などといって規制が緩和・撤廃されている。まさに選択の自由時代の到来である。

しかし重要なことは、金銭的な価値指標よりも、安全性や信頼性により重きが置かれた選択肢が残されていること。ただそれを生み出し、提供しさえすれば良いという考えとは対極をなす。もしも命が失われたり、心身の健康が損なわれることになれば、本末転倒と言うべきなのである。伝統的価値観を再考すると、民藝みんげいというものが見えてくる。手仕事には心が常に控えているという考え方は、物に対する価値に人間の心を据えたものである。

工業製品においても、作り手の思いを感じることができる製品はいくらでもある。そこに物の本質を改めて考えてみたい。

ドンケF-6のような製品を触っていると、良い物を手にした喜びがある。使う事を意識した意匠いしょうに感じ入るもので、作り手の心と使い手の心が、その物に対する意識を昇華させていく。良い物を持つ悦び。それは決して金銭的価値だけではない、製品を介して人の心に作用する情緒的価値に起因するものである。

30年もの間、その姿を変える事無く、しかも支持され続けるドンケ。未だにミシンを利用し、工程を分業し、小規模に生産されている。材質の良さ、メイドインUSAのタグ、労働者の息遣いがそこに感じ取れる。まさに手仕事の工業製品である。

ドンケF-6と風景写真集

ドンケは様々な場所で違和感なく佇む。カメラバッグは目立たないという事だけで、アドバンテージになる。勿論、その運用において使い勝手も良い。どのような風景の中にあっても馴染み、その場所に溶け込んでゆく。

軽い、は正義。

写真撮影にとって課題となるのが「重量」である。それは行動範囲を規定し、または写真の完成度までも決定しかねない。

重量が増えれば、身体への負担が増す。それは当然、行動を制限する。重量が疲労感へと繋がり、ひいては集中力を欠く要因となる。あるいは偶発的で決定的な瞬間の反射的撮影を拒む。そうして出てくる写真そのものの質を低下させかねないのである。

同時に望遠レンズなどで特に著明であるが、重量は手ぶれの原因でもある。それを低減するには、大型の三脚が必要となり、更に重量が文字通り重くのしかかる事になりかねない。ある意味で負の連鎖を抱える事になるのである。

山林の使用。とても馴染む。

ただし山林や海辺での使用においてより重要になるのは、カメラ本体やレンズの堅牢けんろう性や防塵防滴といった部分でもある。そうした信頼性を重要視せんとするならば、あえて重い装備を選ばなければならない。

そんな時に減らせるものと言えば、バッグそのものの重さである。過保護なクッションによって肩に荷が重くのしかかるのなら、それを適正な規模へと減じる必要がある。実際のところドンケの保護材は必要最小限のものであるといえる。しかしそれが写真の質にとって重要な要素でもあるのだ。

軽いは正義であるが、その軽さをどこで確保するかと言うのがポイントになる。古来より「過ぎたるはなお及ばざるがごとし。」と云う。何事も過ぎれば、足りないことと同じという事。こうして機材関係を少し思い直してみるのも良い。

いくら機材が大切だからといって、”使う”という部分が疎かになっては主客しゅかく転倒である。対して使い勝手を追求し過ぎて、”機材が壊れる”のでは元も子もない。利便性と安全性は反比例しながらも、車の両輪のようなもの。どちらが疎かになっても安定して撮影に望む事ができない。

ドンケはその両輪を適度に回し続け、より直線的な走行を可能にする。つまり安定的で高水準の撮影を可能にする。これにより生み出される写真はきっとより良い物となるに違いない。

メイドインUSAで、晴れの休日。

ドンケF-6も「無骨で頑強なアメリカ製」。そんなイメージがピッタリと当てはまるような粋な製品である。質実剛健を極めたような製品を身に着け、晴れの休日を満喫する。ある時には街中の喫茶店や本屋などへふらりと立ち寄り、ある時には海辺や山端やまべりに繰り出しアウトドアに過ごす。

made in USA、リーバイスとチャンピオン。

ジーンズとパーカーやベルト。アメカジの定番をアメリカ製で揃え、休日を過ごす。過ごしやすく、決まりすぎていない。ゆったりとしていて、カッコいい。ドンケF-6を担ぎ、カメラを片手に歩く。それだけで心が晴れの休日を過ごすことが出来る。

MIGHT AS WELL HAVE THE BEST.どうせ持つなら最高のものを