人間、いや全ての生き物が「老い」と無関係ではありません。それは、この世に生を受けてから鬼籍に入るまでの過程であり、決して抗うことの出来ない厳然とした事実です。不老長寿は秦の始皇帝をはじめとして、不老不死の薬の研究を行った錬金術師パラスケスなど、人類が古今東西に夢見てきたにも関わらず、幻想にすぎません。
ただし、それでも正しく老いと向き合うことによって、健康寿命を延ばし、いつまでも自立した生活を実現することを可能になると考えます。同時に実は、認知症を予防すること、または認知症の進行を遅らせることは、不可逆的な老化とどのように向き合うかという問題に直結するものなのです。多くの学術的研究からも、食生活を中心に生活習慣を改善することで、認知症の発祥を遅らせることが出来ると考えられます。
そもそも認知症とは何か?

認知症とは、脳の認知機能が進行的に低下する状態を指し、記憶力、思考力、判断力、言語能力、空間認識などの日常生活に必要な複数の認知機能が障害される病態の総称です。認知症は一つの病気というよりは、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症など、さまざまな原因によって引き起こされる症候群として理解されます。
脳の老人班や神経原線維変化は、認知症ではない
例えば、アルツハイマー型認知症では脳内にアミロイドβの沈着を原因とする老人斑やタウタンパク質の異常な蓄積である神経原線維変化が認められることが多いのですが、これらの脳器質変化が必ずしも認知症の症状に直結するわけではありません。実際、死後の脳検査でかなりの老人斑が認められるにもかかわらず、生前は認知症の症状がほとんど見られなかった高齢者もいます。これは、脳が持つ予備力が、ある程度の病的変化を補って、認知機能の低下を防ぐためと考えられています。

診断にあたっては、医師は、物忘れが激しくなったり、言葉が出にくくなったり、日常生活の動作が遅くなったりするといった患者の臨床症状を確認。同時に神経心理検査や脳の画像検査(MRIやCTスキャン、PETなど)を組み合わせて評価するのです。これにより、脳内にどのような病理変化が起こっているか、またその変化がどの程度認知機能の低下に寄与しているかを総合的に判断することになります。
医師の総合的な診断により認知症になる

つまり、認知症の定義は単に「老人斑」や「脳器質変性」といった特徴があるというだけではなく、これらが実際に患者の日常生活にどのような影響を与えているかということが重要になります。そして、日常生活に支障が出るほどの認知障害がある場合に、ようやく「認知症」と診断されるのです。
このように認知症は、多くの場合、脳の老化や病的変化が進行する中で、脳の予備力や他の補償メカニズムによって症状の進行速度や重症度が個人差として現れます。したがって、同じ脳の病理変化が認められていても、すべての人が必ずしも認知症になるわけではなく、その人の脳の状態や生活環境、その他の健康状態が大きく影響するものなのです。
認知症を予防する食生活と生活習慣

認知症は、遺伝的な要因だけでなく、加齢に伴う脳の老化プロセスが大きく影響していると考えられています。脳内の細胞が徐々にエネルギー不足や酸化ストレス、タンパク質の異常な蓄積といった老化現象に晒されることで、認知症が進行する可能性が高まるのです。そのため、老化を遅らせるというアンチエイジングの観点からも生活習慣の見直しや食生活の改善が、認知症予防や進行遅延に寄与すると考えられるものです。
アンチエイジングの概念と脳の健康

アンチエイジングとは、老化そのものを完全に止めるものではありません。老化の進行速度を遅らせる。また認知症に関しては、脳内の機能をできるだけ長く維持するためのアプローチであると理解する必要があります。例えば、脳細胞のエネルギー生産の中心であるミトコンドリアの健康状態を保つことは、認知機能の維持において極めて重要です。
ミトコンドリアは、神経伝達のためのATPを産生し、またカルシウムイオンの調節にも関与しているため、これが機能低下するとシナプスの伝達効率が落ち、認知症の進行リスクが高まります。アンチエイジングの観点では、このような細胞レベルの老化現象に対抗するためにも適切な栄養管理や生活習慣の改善が大切なのです。
ATP(アデノシン三リン酸)とは、細胞内でエネルギーを運ぶ「エネルギー通貨」のようなもの。主にミトコンドリアで、グルコースや脂肪酸を代謝して生成され、筋収縮、神経伝達、化学反応など、生命活動に必要なエネルギーを供給します。ATPの分解により放出されるエネルギーは、微生物を含む、あらゆる動植物に共通して、細胞が成長・修復し、健康を維持するために必要不可欠なものです。
ミトコンドリアの劣化と老化

概して加齢が進むにつれて、細胞内でのミトコンドリア数は低下し、またその機能も徐々に劣化していきます。このミトコンドリアの減少は、酸化ストレスの増加や、細胞内のエネルギー不足、DNAやタンパク質へのダメージを引き起こす原因となります。さらに、糖化現象により糖分子がタンパク質やDNAに結合し、AGEsと呼ばれる終末糖化産物が蓄積することも細胞の機能低下を促進します。糖化は体内におけるコゲとも言われる通り、老化プロセスと密接な関係を持ちます。
これらの現象は、全身の臓器や組織における老化シグナルとして現れるとともに、認知症や糖尿病、さらには皮膚のシミや皺、たるみといった表面的な老化現象とも連動していると考えられています。また、大腸細菌叢のバランスの乱れは、腸内での代謝産物の変化や慢性的な炎症状態を引き起こし、これが間接的にミトコンドリアの機能低下を招く一因となることも報告されています。
AGEsこと終末糖化産物とは、体内で糖とタンパク質、脂質、または核酸が非酵素的に反応して生成される物質です。この反応は、メイラード反応や糖化とも呼ばれ、食品の調理過程における高温調理や焦げ目がつく場合などでも起こっています。このAGEsは、体内に蓄積すると細胞や組織の機能を低下させ、酸化ストレスや炎症を引き起こします。これにより、老化やさまざまな慢性疾患、たとえば糖尿病、動脈硬化、認知症などの原因となると考えられています。
細胞内再生機構とミトコンドリアターンオーバー

ミトコンドリアは、一度減少または損傷しても完全に放置されるわけではなく、細胞内では常に新陳代謝が行われています。細胞は、古くなったミトコンドリアをオートファジーなどの機構で除去し、新たなミトコンドリアを生合成することで、細胞全体のエネルギー供給を維持しようとします。
具体的には、PGC‑1α、NRF1、TFAMといった転写因子群がミトコンドリアの新規生成を調節する中心的な経路として働いており、適度な運動やカロリー制限、NAD⁺前駆体の補給などがこれらの経路を刺激する効果があることが示されています。とはいえ、老化に伴いこの生合成能力自体も低下するため、若年時と同様の完全な機能回復は難しいものの、適切な介入により部分的な回復や機能改善は可能であると考えられています。
オートファジーとは、損傷したタンパク質や壊れたミトコンドリアなど細胞が自らの不要な成分を分解し、その分解産物を再利用する「セルフリサイクル」システムです。細胞は、飢餓やストレスといった状態において、この仕組みを活性化させ、エネルギーや構成要素を補充して細胞の健康を維持し、老化や病気の進行を防ぐ働きを果たします。
認知症の予防と進行を遅延させる可能性

現代の研究では、バランスの良い食生活が脳の健康を支える上で大変重要であることが明らかになっています。例えば、地中海食や和食に代表される、オメガ3脂肪酸、抗酸化物質、ビタミン、ミネラルを豊富に含む食事は、脳内の炎症を抑え、ミトコンドリアの機能をサポートする効果が期待されるものです。また、昨今の研究によって、過剰な糖分や飽和脂肪酸の摂取は、体内で糖化反応を促進し、AGEs(終末糖化産物)が脳内に蓄積。神経細胞にダメージを与えることが示唆されています。したがって、血糖値の急激な上昇を防ぐために、低GI食品を中心とした食事の見直しが大切になります。
さらに、適度な運動や十分な睡眠、ストレス管理などの生活習慣の改善も、脳内の血流やエネルギー代謝を促進し、老化の進行を抑える効果が報告されてるものです。運動は、脳内で新たな神経細胞の成長である神経新生を促進するほか、ミトコンドリア生合成を刺激し、脳のエネルギー供給体制を改善します。また、良好な睡眠は、脳内で老廃物が効率的に除去される時間帯であり、日中の認知機能を支えるために欠かせない要素となります。1時間から2時間程度の「短い」昼寝が認知症のリスクを逓減させることも分かっています。それ以上になれば、むしろリスクを増大させる可能性もあるのです。
神経新生とは、脳内で新しいニューロンが生成される現象です。特に成人の海馬で活発に行われます。まず、神経幹細胞が分裂して神経前駆細胞に分化し、その後、未熟なニューロンが形成され、最終的に成熟して既存の神経回路に統合されます。これにより、記憶や学習、感情の調節が支えられ、脳の健康が維持されます。
また成人の海馬での神経新生は、一般的に20歳前後から始まり、70代、80代にかけてもある程度は続くと報告されています。ただし、年齢とともにその生成率は徐々に低下するため、若い成人と比べると新しいニューロンの数は少なくなります。また、明確な上限年齢は一概には言えませんが、ほとんどの研究では高齢期においても神経新生が観察されるとされています。
認知症発症のリスクと改善
認知症の発症リスクとして、勿論遺伝的な背景もあるものの、老化に伴う環境的要因や生活習慣の影響が大きいと考えられます。そのため、適切な栄養管理や運動、ストレスコントロールは、脳細胞のエネルギー状態を保ち、神経伝達を正常に維持するために役立ちます。これにより、認知症の予防だけでなく、既に認知機能が低下している場合でも、その進行を遅らせることができると期待されます。
また、生活習慣全体を見直すことは、単に体全体の健康を向上させるだけでなく、脳の保護にも直結します。例えば、禁煙、社会的交流や知的活動の促進も、脳内の炎症やストレスホルモンの影響を抑え、認知症リスクを低減する効果が報告されています。これらの対策は、長期的に見ると個々の生活の質を大きく向上させ、認知症予防や進行遅延に寄与する可能性も高いのです。
認知症予防のための具体的な食材
では、日頃からどのような食事を摂ることで、認知症を防ぐことが出来るのでしょうか。具体的には下記に示す食品や飲料などをバランスよく取り入れることで、血糖値の安定、AGEsの生成抑制、酸化ストレスの軽減、炎症の抑制、そして腸内細菌叢の改善が期待できます。結果として、脳の健康維持や認知症予防、さらには全身のアンチエイジング効果に寄与すると考えられています。
- 低GI食品(血糖値の急上昇を抑える)
・全粒穀物(玄米、雑穀、オートミール、全粒パン、全粒パスタ)
・豆類(レンズ豆、ひよこ豆、黒豆、赤インゲン豆、キドニービーンズ)
・根菜類(さつまいも、にんじん、ビートルート、かぶ)
・低GIの穀物(キヌア、バーレー、そば、ヒエ) - ポリフェノール豊富な食品(抗酸化・抗炎症作用)
・果物:ブルーベリー、ラズベリー、ストロベリー、クランベリー、ぶどう、柑橘類、キウイ、ザクロ、チェリー
・野菜:トマト、赤ピーマン、ナス、ほうれん草、ケール、ブロッコリー、キャベツ
・ナッツや種子:クルミ、アーモンド、ブラジルナッツ、ヘンプシード、かぼちゃの種、ひまわりの種
・その他:ダークチョコレート(カカオ70%以上)、赤ワイン(適量) - 嗜好飲料(ポリフェノール・カフェインの健康効果)
・緑茶(カテキン、EGCGを豊富に含む)
・紅茶(テアフラビン、テアルビジン)
・コーヒー(クロロゲン酸)
・ハーブティー・フルーツティー・ルイボスティー(ノンカフェインの抗酸化成分)
・抹茶や粉茶(茶葉そのものを摂取できるため、カテキン摂取量アップにつながる) - カレーおよびスパイス(ウコン=クルクミン、その他抗炎症成分)
・カレー(ウコンに含まれるクルクミンの神経保護作用)
・その他スパイス:生姜、にんにく、シナモン、クローブ、ローズマリー、タイム、オレガノ(これらも抗炎症や抗酸化作用を発揮) - 腸内細菌叢を整える食品(発酵食品・食物繊維)
・発酵食品:ヨーグルト、キムチ、納豆、味噌、ケフィア、サワークラウト、コンブチャ、 テンペ
・食物繊維が豊富な食品:緑黄色野菜(ブロッコリー、キャベツ、ほうれん草、アスパラガス、ズッキーニなど)、カラフルな果物(リンゴ、洋ナシ、バナナ、オレンジ)、豆類、全粒穀物、ナッツ・種子類 - オメガ3脂肪酸を含む食品(抗炎症・血管保護作用)
・魚類(特に青魚):サーモン、マグロ、サバ、イワシ、サーディン、アンチョビ
・植物性オメガ3:亜麻仁油、チアシード、クルミ、ヘンプシード、アルガンオイル(抗酸化成分も豊富) - その他、脳機能向上をサポートする食品
・緑黄色野菜:ケール、ほうれん草、ブロッコリー、スイスチャード、コラードグリーン
・果物:アボカド(良質な脂肪酸とビタミンEを含む)
・卵:特に卵黄に含まれるコリンは、神経伝達物質の生成をサポート
・海藻・藻類:海藻(昆布、わかめ、ひじき)やスピルリナ、クロレラ(ビタミン、ミネラル、抗酸化成分が豊富) - 抗酸化・抗炎症サプリメント(不足しがちな成分の補給)
・クルクミン(ウコン抽出物)
・フェルラ酸(米ぬか、ガーデンアンゼリカ抽出物)
・レスベラトロール(赤ブドウ、赤ワイン)
・ロスマリン酸(レモンバーム)
・ビタミンC、E、亜鉛、セレンなどのミネラル・ビタミン群
食事の在り方は、細胞レベルの劣化が全身の老化速度や、認知症、糖尿病などの疾患発症に直結する重大な要素です。加齢に伴う糖化現象や腸内フローラと呼ばれる大腸細菌叢の乱れなど、多くの要因がミトコンドリアの健康や細胞全体の機能に複雑に影響していることが、近年の研究で示唆されています。
国立長寿医療研究センターの研究や、SYMGRAMによる解析など、多くの研究が認知症患者と健常者の腸内細菌叢の違いを示しています。たとえば、認知症患者では特定の善玉菌であるバクテロイデスやビフィズス菌などが減少していることが報告され、これらの菌が豊富な状態の方が認知症リスクが低いとされています。
さらに、軽度認知障害(MCI)の段階から腸内フローラのバランスが変化していることも明らかになっており、早期の介入が認知症の進行抑制につながる可能性が示唆されています。また、順天堂大学などで実施された臨床試験では、ビフィズス菌の摂取が認知機能の改善や脳萎縮の進行抑制に寄与する可能性が示されているのです。
脳内老化シグナルと神経変性疾患

脳内のシナプスは神経細胞間の情報伝達を支える要であり、その働きの効率が記憶や学習能力に直結します。ミトコンドリアは、シナプスに対して必要なエネルギー(ATP)を産生するとともに、カルシウムイオンの局所的な濃度を調整することで、神経伝達のタイミングや強度を適切に保つ役割を果たしています。
しかし、加齢に伴いミトコンドリアの機能が低下すると、ATPの産生不足やカルシウム調節の乱れが生じ、シナプスの構造維持が困難になります。その結果、シナプスの数が減少し、細かい構造の劣化が進むことで、神経細胞同士の情報伝達が著しく低下し、これがアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の発症リスクを高めると考えられています。
さらに、ミトコンドリア機能の低下は、ミクログリアの活性化や慢性的な神経炎症、白質の脱髄といった現象を引き起こし、これらの現象が脳内の酸素や栄養の供給不全を招くことで、全体として脳の老化シグナルが強まり、認知機能や記憶力の低下が促進されるとされています。こうした複合的な作用機序が、脳全体の健康維持において非常に重要な要素となっているのです。
この際、オメガ3脂肪酸である特にDHAはシナプスの構成成分として非常に重要な存在。シナプスは神経細胞間の情報伝達に必須ですが、その細胞膜は多くの不飽和脂肪酸、特にDHAを豊富に含んでおり、膜の流動性や柔軟性を維持することで、受容体の働きやシグナル伝達効率を高めています。DHAが不足すると、シナプスの機能が低下し、結果として学習能力や記憶力の低下、さらには発達障害や認知症のリスク増加と関連していることが示唆されています。つまり、オメガ3脂肪酸はシナプスの正常な働きをサポートし、脳全体の健康維持に寄与していると言えるでしょう。
ミクログリアは、中枢神経系(脳や脊髄)に存在する免疫細胞で、マクロファージに似た性質を持っています。これらの細胞は、脳内の異常な物質や老廃物、死んだ細胞を貪食(食作用)することで、神経環境の清浄と恒常性の維持しています。また、発達過程やシナプスの成熟・剪定に関与し、脳の情報伝達回路の形成や再編成をサポートするなど、神経機能の発達や可塑性にも重要な役割を担っています。
しかし、外部からの刺激や病的状態によってミクログリアが過剰に活性化すると、炎症性サイトカインなどの有害物質を放出し、神経細胞にダメージを与える可能性があるため、アルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患の進行に関与することも指摘されています。
老化の進行と疾患発症の関係

これまでの議論から、細胞レベルでのミトコンドリアの劣化やDNA損傷、糖化現象、大腸細菌叢の乱れなどが、老化の不可逆的な要素として作用し、全身の機能低下をもたらすことが理解されます。こうした老化現象が進むと、認知症、糖尿病、さらには心血管疾患やがんといった疾患の発症リスクが高まることになります。
特に脳内においては、シナプス減少や神経炎症、エネルギー代謝低下といった現象が、神経変性疾患の病態の一端を担っていると考えられます。脳は非常にエネルギー消費が激しい器官であり、ミトコンドリアの健康状態はその機能に直結するため、ミトコンドリアの数や機能が低下すれば、結果としてアミロイドβの蓄積に見られる老人斑や脳器質の変性だけでなく、神経細胞間のコミュニケーション不足や慢性炎症といった多面的な老化シグナルが現れるのです
また、腸内環境の変化も全身の炎症状態を左右し、血液脳関門の透過性の変動などを通じて脳内に影響を及ぼす可能性があります。こうした腸―脳相関は、近年ますます注目される分野であり、腸内細菌叢のバランスが乱れることで、脳内の微小環境が悪化し、結果として神経変性疾患の進行に寄与するという報告もあります。
腸内細菌叢とは、腸内フローラとも呼ばれる私たちの消化管内に住む微生物の集合体のことです。これらの微生物は、食品の消化や栄養の吸収、免疫機能の調整などに重要な役割を果たしています。さらに、腸内細菌叢は脳と密接な関係があり、精神的な健康や認知機能にも影響を与えるとされています。バランスの取れた腸内細菌叢は健康維持に欠かせず、発酵食品や食物繊維、プレバイオティクスの摂取がその維持に役立ちます。
腸脳相関のメカニズム

腸内には人体の多くの免疫細胞が存在し、善玉菌が活発な状態は全身の炎症を抑える効果があります。腸内環境が乱れると、腸管バリアの透過性が増し、炎症性物質が血流を通じて脳に影響を及ぼす可能性があります。これにより、神経炎症や脳内の細胞損傷が進行し、認知機能の低下を招く恐れがあるとされています。「腸は第二の脳」と表現されるほど、脳と密接な関係があり、腸内フローラは精神疾患などとの関連性も指揮されているのです。
糖尿病・歯周病と認知症の関連性

糖尿病と認知症:
糖尿病は高血糖状態が続くことにより、全身の血管や神経にダメージを与え、酸化ストレスや慢性炎症を引き起こします。これが脳の血流障害や神経細胞の損傷につながり、認知症のリスクを高める要因とされています。実際、多くの疫学的研究で糖尿病患者は認知機能低下のリスクが高いことが報告されており、食事や生活習慣の改善がその予防に寄与する可能性が示唆されています。
歯周病と認知症:
また、歯周病は口腔内の炎症を引き起こすとともに、全身への炎症性物質の拡散や免疫系の過剰反応を招くことで、脳内の慢性炎症に影響を及ぼすと考えられています。歯周病由来の細菌やその産生物質が血液を介して脳に到達すると、神経細胞に悪影響を与え、認知症の発症リスクを高める可能性が指摘されています。
統計学的な観点から、複数の大規模なコホート研究やメタ解析により、2型糖尿病を有する人は認知症。特にアルツハイマー型認知症や血管性認知症を発症するリスクが有意に高いことが示されています。たとえば、ある研究では、糖尿病患者の認知症発症リスクが非糖尿病患者に比べ約2倍に上昇するという結果が報告され、ロジスティック回帰分析などの統計手法により、この関連性が調整因子を考慮した上でも認められました。
このような統計解析の結果から、糖尿病が認知症発症のリスク因子のひとつであるという相関関係が確立されており、血糖コントロールや生活習慣の改善が認知症予防に寄与する可能性が示唆されています。また行政における認知症患者数の推移予想などにも用いられている手法です。
低GI食と低AGEs食のメカニズム

低GI食(グリセミックインデックスが低い食事):
低GI食は、食後の血糖値の急激な上昇を抑え、インスリンの過剰分泌を防ぐ効果があります。これにより、糖尿病の予防・改善だけでなく、全身の慢性炎症の抑制にもつながります。安定した血糖値は脳への血流やエネルギー供給を安定させ、認知機能の維持に寄与すると考えられています。
低AGEs食(終末糖化産物が少ない食事):
AGEs(Advanced Glycation End Products)は、血中の糖とタンパク質や脂質が非酵素的に結合することで生成され、体内に蓄積すると酸化ストレスや炎症を促進します。高AGEs食は、動脈硬化や認知症のリスクを高めるとされており、低AGEs食によりこれらのリスクを軽減することが期待されます。具体的には、揚げ物や焼き物、長時間の高温調理を避け、蒸し料理や煮物などの調理法を取り入れることで、AGEsの摂取量を抑える工夫が推奨されます。
認知症予防に向けた食事改善の実践
バランスの取れた腸内環境の維持:
発酵食品(ヨーグルト、納豆、味噌など)や食物繊維を豊富に含む食品(野菜、果物、全粒穀物)を積極的に摂取し、腸内の善玉菌を増やす。これにより、腸脳相関を通じた炎症抑制や免疫機能の調整が期待されます。
低GI・低AGEsの食事法:
血糖値の急激な上昇を避けるため、低GI食品(玄米、全粒パン、豆類など)を中心に、加工食品や高糖質食品の摂取を控えます。また、高温での調理や揚げ物を避け、蒸し物や煮物、温野菜などの調理法を取り入れることで、AGEsの生成を抑え、全身の酸化ストレスや炎症を低減する工夫が求められます。
糖尿病・歯周病の管理:
糖尿病の予防・改善には、血糖コントロールを意識した食事が不可欠です。さらに、定期的な歯科検診や口腔ケアを行い、歯周病の予防・早期治療を心がけることで、口腔内から全身への炎症拡散を防ぎ、脳への悪影響を軽減することができます。
生活習慣全体の見直し:
食事だけでなく、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理といった生活習慣の改善も、血糖コントロールや免疫調整に寄与し、認知症リスク低減につながります。
認知症対策には、食生活と生活習慣の改善が大切
認知症予防は、生活習慣病予防と共通するものでもあり、糖尿病や歯周病といった全身の健康状態を改善することと同じく意義のあるものとなります。低GI食や低AGEs食は、血糖値の安定化や炎症の抑制を通じて、脳の健康維持に寄与するもの。これらの食事改善は、腸脳相関を介して認知機能の低下を防ぐだけでなく、糖尿病や歯周病のリスク軽減にも効果的であり、総合的な健康管理が認知症予防の新たなアプローチとして期待されます。日々の食生活の見直しと生活習慣全体の改善こそが、健やかな老後と認知機能の維持に大きく貢献するでしょう。
老化は単なる見た目の変化に留まらず、細胞内のミトコンドリアの劣化、DNA損傷、糖化現象、腸内フローラの乱れなど、多数の要因が複雑に絡み合った結果として進行します。これらの変化は、認知症や糖尿病といった慢性疾患の発症リスクを高めるだけでなく、脳内ではシナプス数の減少、神経炎症、エネルギー代謝の低下、さらには白質の変性や血管機能の低下といった多様な老化シグナルとして現れます。
しかしながら、ミトコンドリアには常に新陳代謝によるターンオーバーが存在し、適切な介入によりその再生や機能回復が可能であるため、これらの細胞レベルの劣化に嘆く必要はありません。運動、栄養管理、サプリメントの補給、さらには腸内環境の改善など、多角的な対策によって、老化の速度を遅らせ、結果として認知症や糖尿病などの疾患発症リスクを低下させる可能性があります。
そして、認知症は原因が完全に特定されておらず、認知症薬の研究も袋小路に入ったとさえ言われるほどです。しかし、共通して言えることは、食生活や生活習慣の改善こそが、認知症の発症リスクを低減させ、また進行を遅延させる可能性があるということです。