鄙びた温泉街を巡る。蒸気沸き立つ温泉郷。はげの湯・岳の湯温泉。

フィルム漫遊記

鄙びた温泉といえば、漫画家・つげ義春氏を語るほかない。彼は時おり蒸発したくなる欲求があるようで、度々日本全国の湯治場を巡り歩いていた。中でも「峐の湯(はげの湯)温泉」は幾度と足を運んでおり、如何にも気に入った場所であるということが伺える。訪れた当時、氏が撮影した写真には茅葺屋根や未舗装の道路が写っており、斜面に立ち上る湯気はスケッチとして描かれてもいる。

しかしこの時の趣は、今は昔といったところであろうか。以前は茅葺だった屋根々々は、今は見ることが出来ない。その代わりに建ち並ぶ家々は瓦やトタンなど、今どきの体裁をしている。道路も土ではなく、やはりアスファルトで舗装された道路となっている。ただし以前の雰囲気をありのまま今に残すのは、その段々に連なる棚田と民家や道端から立ち上る湯気の姿である。

はげの湯温泉と岳の湯温泉。山麓に位置する秘湯。

さて、はげの湯と岳の湯と書けば、この二つの温泉地は全くもって別の場所であるように感じられる。しかしそれはまた早計で、谷は違えど数百メートルしか離れていない集落同士。ほんのすぐ傍に異なる名があるような温泉地は意外と多くあるようである。それで涌蓋山の麓に湧き出る熊本の地元の5つほどの温泉地を総称して、今日では「わいた温泉郷」と言い慣わしている。

はげの湯のあちらこちらから蒸気。

泉質はまちまちであるとはいえ、わいた温泉郷は濁り湯が比較的多く、入ってみるととても気持ちが良い。実はこの場所というのは、阿蘇や久住の恵みを受けて、近くに多くの有名温泉地が点在している。例えば、黒川温泉や杖立温泉などは全国的にも良く知られた温泉街、湯治場である。そんな中でももっとローカルな湯治場である鄙びた温泉街には、そこそれぞれ特色ある魅力があるように感じる。

はげの湯や岳の湯の地域は、特に山間部の谷間にあり、中山間地域特有の里山の風景が広がっている。従来貧しい農村の一角であった。しかし以前には、この地にも開発の余波が打ち付け、大規模な地熱発電所の建設が行われる予定もあった。しかし村を二分するような議論のうねりが起こり、この話は頓挫することになった経緯がある。

岳の湯温泉、脇の棚田。

梅雨を前にして棚田にも田植えが行われている。ここは里山。鹿や猪など多くの野生動物が山から下りてくるのだろう。田には網が張り巡らされていた。昼下がり、太陽が少しずつ傾き始めていた。太陽が張られた水に反射して、空が綺麗に写り込む。

現在は地元の収入源となるように地元民が建設運営する小規模の地熱発電所が存在し、これによる収益や責任、温泉の分配で住民の和解も進んでいるようである。ただし近年になって、近隣の旅館経営者が湯の濁りが生じたとして「わいた地熱発電所」に対する稼働停止を申し立てるなど現在においても僅かな禍根を残している。

ちなみに小国町といえば全国的にも有名なダム建設反対の狼煙を上げ、闘争運動・蜂の巣城紛争が激化した地域でもある。この話は後に土地収用法の改正をもたらし、「砦に拠る」という本にもなっている。地域を守らんとする意地のようなものを感じ、また実力行使も辞さない力強い地域性を持っているようだ。

道端から湧き出す白い湯気。

閑話休題、あちらこちらから噴出する白い湯気。もうもうと湧き上がるこの風景が素晴らしい。家々の軒先にはこの自噴する温泉を利用した蒸し釜(地獄蒸し)が設置されていて、日々の調理に利用されている。地元の老人の話では、この場所は「いつ陥没してもおかしくない」と昔から謂れているそうである。もちろん辺りには硫黄の香りが立ち込める。

湯治客も地獄蒸しを体験できる。

日帰り温泉でも蒸し野菜やゆで卵などを体験できる。自動販売機などで食材が販売されている。温泉に浸かっている間に出来上がっているという楽しみ。

里山の風景に溶け込む温泉郷。

日帰りの湯治客にとってもとても赴きやすい温泉。日帰り温泉の「くぬぎ湯」を訪れてみたが、この場所も素晴らしい露天風呂を味わうことが出来る。全面に広がる木々、初夏であったから新緑の美しい季節だった。ウグイスの囀りも聞こえてくる。四季折々の自然の営みを感じながら入る露天は最高である。しかもその湯は非常に良いコインタイマー式。

日帰り温泉。くぬぎの湯。

九重連山や涌蓋山などの登山客にとっても訪れやすい立地。はげの湯の集落を道なりに登っていくと涌蓋山への登山道の入口もある。山へ登る際中にも、この土地から立ち上る白い蒸気を堪能できる。頂上の展望はとてもよく、阿蘇五岳を望むことが出来るのも嬉しい。その帰りには、温泉でその日の汗と疲れを流したいものである。

はげの湯の温泉街をあるく。

長閑な里山。何気なく集落の中を行くと、道端から湯気が出ている。もうもうと沸き立つ湯気が新緑の中に生える。ただただ魅力ある風景。こうしたところに温泉地があるというのが非常に魅力的。

周囲の集落には、棚田の風景が広がる。

岳の湯の温泉街をあるく。

上記の写真は全て、フィルムカメラのキヤノンEOS7sコンタックスT3で撮影。

涌蓋山麓に存在する、日本最大の地熱発電所。

「わいた温泉郷」という名は、肥後熊本に位置する温泉の集合体である。しかしこの涌蓋山というのは、小国富士や玖珠富士とよばれ地元民から愛される山である。小国というのは熊本県に位置し、玖珠というのは大分県に位置する。

実は涌蓋山の裾は、その西麓を熊本の阿蘇郡小国、東麓を大分の玖珠郡九重に広げている。温泉地は西麓に留まらず、東麓にも多くの温泉がある。例えば筋湯温泉、筋湯温泉など。こうした温泉地は大分県においては、まとめて「九重”夢”温泉郷」と呼ばれて親しまれている地域でもある。

涌蓋山麓の周辺には、地熱発電に適した条件が揃っている。例えばキャップロック(帽岩)とよばれる熱や水、蒸気を地上へ逃さない高密度の岩盤の存在である。これによって効率的な地熱の利用が可能になる。日本の地熱発電所の存在が、九州や東北地方に集中的に存在しているのも、こうした条件が揃っている点が挙げられる。

日本最大の地熱発電所。九州電力・八丁原発電所。

日本最大の地熱発電。八丁原発電所。

東麓に位置する場所には温泉地のみならず、大規模な地熱発電所「八丁原発電所」が九州電力によって管理運営されている。その出力、約11万キロワットという発電量は、地熱発電としては日本最大のものである。ちなみに大分県の筋湯温泉は、この地熱発電によって取り出した熱水を利用してできた温泉地でもある。

阿蘇や九重連山という九州山地の山々に囲まれた標高約1100メートル地点にある発電所。ここから浅いところで約760メートル、深いところで約3000メートルほど掘削し、熱水と蒸気を取り出している。それらを遠心力によって、気体と液体とに分離し、熱水は圧力を変える事で更に蒸気を取り出している。それらから取り出した蒸気でタービンを回し発電。その制御は約2000メートルほど離れた大岳発電所の制御室から遠隔操作されている。3交代24時間体制とのこと。

輸送管は次第に湯垢が溜まり、それらが石のように固まる。それらは高圧洗浄機によって定期的に除去されている。また取り出された熱水は、再び還元井によって地中へ戻されていく。地熱発電は半永久的エネルギーであると言われるが、こうしたサイクルによって可能な限り環境負荷を減らそうという試みもなされている。

八丁原発電所の写真集

上記の写真は全て、フィルムカメラのミノルタTC-1コンタックスT3で撮影。

鄙びた温泉の魅力。つげ義春と逃避行。

日々の喧騒に揉まれながら過ごしていると、見過ごしがちになるのであるが、実に世界は広い。我々が知っているはずの世界もまた、視点が異なれば全く別のものに見えてくる。そうした視点をもたらしてくれるものの一つが、日常から離れるという行為であったりする。そこで見えてきた些細な発見が人生を色濃くしてくれたりする。

日常から離れるという行為で重要なことは、少しだけ世にあふれた情報の波から隔絶された空間を作る、時間を作るという事。そうした中で、これまで培われた経験や身の回りにあふれた情報を、自らの腑に落とし込むことが出来る。それはまさに贅沢な時間である。自然に囲まれるというのも一興であるが、鄙びた温泉街などに身を置き、ただただ物思いにふける行為は至高。

鄙びた温泉を巡ることの意味。

つげ義春氏の本を眺めていると、ふと自らそのような空間に身を浸しているような気持になるのである。身を置かずとも頭の中だけを日常から離れ、異空間に旅立つことが出来る。昨今、情報媒体に囲まれて過ごすことも多いが、空間や時間をそこから少しだけ切り離してみる。それこそが現代人が失われた贅沢なひと時。自らを見つめなおしてみるという時間を作り出すのである。

はげの湯温泉や八丁原発電所へのアクセス

■はげの湯温泉

■場所:熊本県阿蘇郡小国町西里

■八丁原発電所

■場所:大分県玖珠郡九重町湯坪601

柔らかなソールが心地良い、スニーカー。

歩く行為は、実に多くの発見を得ることが出来る。それは正に喜びである。歩くことが心地良く、軽快な足取り。オニツカタイガーのTIGER ALLYは、そんな旅路へと導いてくれる。柔らかなソールが、足の裏へのダメージを吸収する。独自開発のフューズゲルが搭載されたこのモデルは、舗装されていても硬いアスファルトの道を難なく長い時間歩き回ることが出来る。

柔らかなソールが心地良い、タイガーアリー。

このスニーカーを履いて、鄙びた温泉街を巡る。そんな風に歩くという行為を堪能したい。

昭和ノスタルジーに浸る。
その色彩に惚れる、虜になる。