日本の手仕事といえば、民藝の代名詞のようなものである。しかし食品のような部類に属する手仕事も大いに称賛されるべきものではないだろうか。「うつわ」というものが実用として機能するためには、そもそも盛り付ける料理や素材が必要という事になる。それらが融合したとき素晴らしい輝きが放たれるもの。
伝統的に引き継がれてきた技術、「こだわり」に支えられた伝統的な家内、手工業のような職業は時代の変遷とともに少しずつ失われつつある。経済効率性や後継者不足の問題もある。そんな中、残された貴重で輝かしい遺産に今一度目を当てたい。今回はそのような日本の伝統食品、酒、そして酒蔵のある街を巡ってみる旅である。
長崎街道。鹿島、肥前浜宿の酒蔵。
ここ肥前鹿島は宿場町として機能していた。この肥前鹿島藩は、佐賀の鍋島支藩。明治政府による廃藩置県のおりには、この君主が初代沖縄県令として任命されている。この土地の素晴らしいところは、街道が橋を渡り、その先には漁師町でもある茅葺屋根の民家が立ち並んでいるところ。以前の日本の村落の風景が偲ばれる。
街道を歩くと昔ながらの雰囲気を味わうことが出来る。この精神性に触れるとこの景色がとても貴重で愛おしいものとなる。やはり生活に根差した温かみを感じるのである。様々な国々でそうなのであるが、都市部になればなるほど先進的で国際色豊かになる。他方で田舎を見てみると昔の面影を色濃く残しているものである。だがここに都市部へと人材を供給する地方ならではのアイデンティティが備わっている。
佐賀県の鹿島市、この地で造られる純米酒は注目されている。特に富久千代酒造の「鍋島」は、2002年の国際酒祭りで見事日本一に輝いた。辛口、後味スッキリ。ちなみに大吟醸「鍋島」のほうは、2011年の酒の最高権威と評されるインターナショナルワインチャレンジで、チャンピョン酒に選ばれて栄えある世界一に輝いている。この酒造は見学や直売などは行っていない。
ちなみにこの地では、春において公式に鹿島酒蔵ツーリズムという催しも開かれており、日本酒を盛大に楽しむことが出来る。多くの人々が集い、日本の風俗と文化に嗜むことの出来る機会だ。
豊後街道。日田、豆田町の酒蔵。
九州のおへそに位置する日田は幕府直轄の天領。周囲には有力な外様大名が多く、それらを監視し監督する役割も担った。この場所には「郡代(ぐんだい)」という役職が置かれたが、これは代官の中でも全国に4カ所にしか設置されていない格式の高いもの。それほど幕府にとって九州の要所としての位置づけであった。有事の際には幕府軍の拠点として、最前線に成り得る場所であった。
大分県の日田、豆田町には伝統的建造物や街並み、その名残も多く残っている。この場所は以前の賑わいが伺えるほどに街道もより整備されており、印象として華やかな街並みである。街を流れる花月川沿いに「クンチョウ酒造」の文字。赤い煙突が目を引く。
日田、豆田町に位置するクンチョウ酒造では、江戸時代から大正時代にかけて創建された4つの酒蔵を見学することが出来る。カフェなども併設されており、伝統的建造物の落ち着いた雰囲気でありながら、同時に現代的で過ごしやすい内装。九州山地の美味しく、恵まれた水を使用した日本酒は不味いわけがない。
新春蔵出し祭りにおいては、水郷日田の酒蔵5軒の日本酒を愉しむことが出来る。同時期、お雛さまや屋台船で多くの人々が集う。
豊前街道。山鹿の酒蔵。
廃業した酒蔵も多い中、未だ健在な酒蔵のある街。伝統が受け継がれた街並みも多く残る。ここ豊前街道の宿場町、山鹿の風情はとても好い。
この街には八千代座と呼ばれる芝居小屋なども明治時代、当時の姿を残している。また温泉もとても有名な場所である。明治初期に創建された「さくら湯」もまた当時の趣を偲ばせる。道後温泉の棟梁によって大改修が成され、一時取り壊された。しかし再建を果たし当時の姿を取り戻した。
熊本の地酒、庶民に親しまれる祝い酒といえば「赤酒」である。お屠蘇や御神酒としても広く用いられ、甘く口当たりが良いのが特徴。昨今では調味酒やみりんに代わり、料亭の料理人にも愛される調味料としても利用される。加藤清正以来、江戸時代までも肥後藩内の清酒の製造と流入は固く禁じられ、赤酒は御国酒とも呼ばれていた。今でも熊本では清酒製造と並んで赤酒製造も盛んにおこなわれている。
日本の酒蔵ツーリズム。
日本の伝統食品には発酵食品の種類がとても多い。醤油、味噌、麹、納豆、漬物、鰹節などなど、その製造過程には自然を相手にする非常に難しい塩梅の作業、熟練の手仕事を要する。果物や穀物を発酵させた酒には、清酒のほかにも焼酎や甘酒などもある。しかもその酒を発酵させれば、お酢や黒酢となる。これを嗜むことは自然の恵みを最大限に頂く行為でもある。
手仕事によって形作られる民藝、その器なども自然の土や釉薬や火を用いる。これらは全て自然からの恵みを最大限に活かす行為でもある。手仕事によって支えられた食品と食器が融合したとき、そこには盆の中に自然が表れる。自然は心を開放し、平穏、均衡を取り戻してくれる。
肥後の赤酒を堪能する。
赤酒は甘酒のように甘味。非常に甘く口当たりがよい。老若男女の見やすい酒である。もちろん20歳以上から嗜むことが出来る贅沢である。料理には、みりんや砂糖の代わりとしても好い。
酒にとって酸化は命取り。よくワインには酸化防止剤として亜硫酸塩が使用されていたする。しかしこうした添加物を大量に摂取すると健康被害に至るとの話もある。しかし、日本酒の場合には伝統的な製造手法の中に酸化対策が含まれており、酸化防止剤を必要としない。これは大きな利点であると言える。
酸化を防止し、保存性を高めるために一般的な清酒の場合、低温殺菌法によって加熱する。この場合、火持酒(ひもちざけ)と呼ばれる部類に当たる。しかしこの赤酒の場合、木灰を投入する事で中和させる。こうすることで腐敗の原因である抗酸菌の育成や増殖を予防する。この場合は、灰持酒(あくもちざけ)と呼ばれる製法に当たる。
“ただ注ぎ入れるだけで、美しい色。”
こうした地酒も伝統的な手仕事によって、その味が守られ、支えられている。まさに民藝ともいえる素材なのである。味わえば、現代においてもその味と風味を嗜好できる幸福感に包まれる。熊本では瑞鷹酒造の東肥赤酒も有名。赤酒は発酵過程を経ている分みりんよりも旨味が多く、味わい深い。
全国の地酒はそれぞれに違いがある。その地を味覚で感じる旅。