キヤノンEOS R5レビュー、ミラーレスで手ブレ補正新時代の幕開け。

Canon EOS R5

キヤノンEOS R5はフルサイズミラーレス一眼カメラとして、初めて伝統あるファイブの名前を冠した製品。キヤノンユーザーからは待望の声も上がり、発表と同時に予約が殺到。発売数ヶ月を経ても生産が追いつかないという事態ともなった。その好評ぶりは、EOS R5に対する期待の大きさの表れでもあり、間違いなく歴史に名を刻むであろうカメラの一つである。

キヤノンの正統なるミラーレス一眼カメラ、EOS R5。

キヤノンミラーレス一眼の名機、EOS R5。

オリンピックといえばスポーツの祭典であるが、カメラ市場にとってもこの4年に一度の大舞台は新たに開発された新製品が投入される絶好の機会である。関係各社が挙ってこの時を目標に絞り、技術の粋を結集したカメラが誕生するのが常だ。しかしながら、2020年の開催が予定されていた東京オリンピックであったが、世界を覆う流行病によって開催も延期となっており先行きは不透明。この事によって益々、レンズ交換式カメラの未来についても憂慮せざるを得ない事態となった事は間違いない。

EOS R5、持ちやすく手軽な運用。

しかしながら予定通り2020年に発売されたEOS R5は、キヤノンの一眼カメラとして正統なる系譜を引き継ぎ、一眼レフから更なる進化を遂げた。ところでフルサイズセンサーを搭載したミラーレスカメラという位置付けにおいては、ソニーが先行者として君臨している状況であった。しかし、ついにキヤノンがその重い腰を上げて、一眼レフという伝統ある技術を持ったカメラに市場的価値を見出せず、ミラーレスカメラの市場に本格参入。まさにファイブという名前を冠するEOS R5の誕生によって、その姿勢の変化も明らかになったのだった。

両船に入る光、陰る木立も克明に。

資本主義社会における企業にとっては、当然ながら利益追求こそが至上命題の一つである。レフ機という製品に対する信頼も明かなものであれど、やはりフィルムカメラが時代の流れに抗えなかったのと同様に、一眼レフ機が市場から廃れていくという運命も当然の帰結というものである。特に昨今における写真機自体の存在価値を問われるようなスマホが台頭する情勢下にあっては、写真のクオリティを保持しつつも、大きく重たいという問題は早々に何らか技術的に解決が為されなければならない所であった。

可能性を手にする、EOS R5。

とはいえキヤノンの公式的な見解によれば、EOSシステムの後継でRFマウントを備えた製品群は、軽さや大きさという命題よりもカメラとしての基本性能、光学性能の向上が図れる点について、より重きが置かれているのだという。レンズから撮像素子の距離をフランジバックというが、レフ機に必要なミラーなどが不要であることから、この距離は必然的に縮められる。例えばEFレンズ群が44mmであったのに対して、RFレンズ群は20mmへと短縮された。こうしたことから光学技術や開発時において必要とされた制約についても可能性が広がっている。

美しき世界を、切りとる道具として。

ただし一眼レフカメラが時代遅れで無用の長物、ミラーレス一眼がこれからの必然であるかというと、そうとは言い切れないところである。寧ろ役割の違い、道具としてその役割を分担したり、楽しみ方の違いだと捉える方がより面白い。一眼レフの優れたところは、ファインダーを覗いた時にレンズを通った実際の光を直接的に肉眼で捉えることが出来るというところ。対してミラーレス一眼の優れたところは、光がデジタル変換されて撮影結果や露出量を肉眼で確認することが出来るところ。いずれの場合にも、役割次第では価値ある技術であったりする。

オールドレンズまで活かす、MFピーキングと手ぶれ補正。

夜間撮影、オールドレンズと共に。

一眼レフ機との役割の違いで記すとすれば、圧倒的なアドバンテージを享受できるテーマがある。それは夜間の街歩きである。肉眼よりも明るく捉えることができる液晶ファインダーは撮影時に、より構図を確認しシャッターを押し込むことができる。しかも小ぶりな外観はオールドレンズとの相性も抜群である。シンプルな機構のみを搭載したるMFレンズ特有の軽量性や小型さ、それにミラーレス機におけるピント追い込みのし易さは圧巻の使い勝手、最高のコラボレーションとも言えるものである。

オールドレンズで、肩の力を抜きつつ。

同時にMFピーキング機能を用いる事によって、オールドレンズを使用した際においても、Nikonの往年の名機であるF3やFEなどを操作した際に感じるファインダーでのピントの追い込み易さ、それも似て劣らない扱い安さを手にすることができる。しかも暗い場所においても風景を緻密に切り取ることが出来るという点においては、寧ろそれらにも勝る使い勝手の良さを堪能することが出来る。往年の名玉を手にして街に繰り出す。そんな風にして心踊るひと時。

ミラーレスで捉える光。

しかもEOS初めてのボディ内5軸手ぶれ補正を内蔵し、更にカメラの基本性能が向上しているという面も頼もしいところである。RFレンズ使用時においては、レンズとボディ内の手ぶれ補正機能が協調して最大8段ともされる強力な手振れ補正を実現している。勿論、レンズに手振れ補正機構が備わっていない製品であっても、ボディ内の手ぶれ補正のみが機能する。

EFレンズも躍動、既存のレンズ資産を活かす。

EFレンズ、底力を引き出す。

勿論、オールドレンズだけでなくEFレンズという資産を活かすことが出来るのは大変に嬉しい事。純正のマウントアダプターが販売され、その信頼感も抜群である。またはRFレンズにまで食指が伸ばせなくとも、EFレンズを取り合えずの手段として購入するという方法でも満足度は高い。もしも、Canon EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMのような大きめのズームレンズを用いたとしても、剛性感や安定感は高く安心して取り回しできる。

動物の撮影時においては、本体自体の軽さが立ち回りに便利で重宝でき、これまでのレンズを活かすことが出来るという点においては非常に利便性が高い。RFレンズは更に光学性能や携帯性、手振れ補正機能を十二分に発揮させることが出来るという点においても、多少EFレンズに対するアドバンテージを保持している。それでも光学性能を十分に引き出すことが出来る機種であるという意味においては、EOS R5によって更にEFレンズの底力を実感できるところなのである。

バリアングルモニター採用、マクロや物撮りでも活躍。

バリアングルを用いた撮影。

さてEOS 5D mark Ⅳなどのハイエンドなモデルにおいては、バリアングルモニターが採用されるということも無かった。しかし何とも喜ばしいことにEOS R5にて採用されたバリアングルモニターによって、さらに多くの可能性が広がったというべきであろう。より屈んでの低い位置から、より掲げての高い位置から。そんな風にこれまで考えられにくかったアングルを容易に手にすることが出来るのである。高い位置からの撮影を鑑みて、脚立を使用せんと考えられる場合においても、このカメラであれば難なく撮影できるようになるのであるから心強いところである。

動物写真など動きものにも嬉しい、高感度耐性とAF性能。

ISO3200、難無く夕暮れ撮影。

しかも有効画素が約4500万画素から繰り出される解像感も嬉しいところである。そうなるとISO感度を持ち上げた際に気になるノイズ面である。ところが撮像素子の画素ピッチが細かくなった分、一つ一つの露光量が減っているにも関わらず、著しく優れたノイズ処理が行われている。新開発のフルサイズセンサーとDIGIC Xという画像処理エンジンによって、写真にとっても好ましく均整の取れた性能を担保してくれている。個人的にはISO6400くらいまでは、難なく使用できるレベルであるように感じられる程。暗がりでの撮影であっても難なく実用できる。

狐と鴉。

AF性能も抜群に良く、動物優先AFというモードにおいての撮影でもピントは被写体に食らいつき、まるで離そうとしない。カメラそのものの性能も、もはや野獣と化している。液晶ファインダーによって、ピントの合焦位置も直感的で正確に掴みやすいというのも嬉しい所である。必然的であるが、一期一会の出会いと世界の美しさを捉える道具としての完成度が高い。しかもこれまでの一眼レフユーザーにも戸惑いを与えたりはしない熟成されたユーザーインターフェイス、剛性感やグリップ感なども非常に好ましいものがある。

EOS R5、夜間でのショットも爽快。

勿論の事、夜間での撮影においては重宝する事この上ない。高感度耐性、AF性能だけでなく電子ファインダーによる恩恵が暗がりでの撮影をよりよく導いてくれる。上記で触れた通り、MFレンズなどを持ち出す場合においてもピントを正確に合わせることが出来るというのは有難い話である。だからAF性能を重視して最新鋭レンズを備えながらも、MFの快適さが確保されている事実により心の保険としても機能してくれる。

Canon EOS R5の作例

コラム:自然の見方、捉え方、撮影者の内面を見る。

EOS R5で切り取る、自然の営み。

風景写真というと愛好者は非常に多い分野。また自然の風景写真は、中でも多くの感銘を与えてくれるものである。それを撮影する場合には、人それぞれ独自の向き合い方があるものである。ただし個人的な主観に立脚して分析してみると、自然の捉え方については、大別して二通りの考え方があるように見受けられるところである。

自然の見方、捉え方。

方や、洋室に飾ってある西洋絵画として捉える見方。方や、和室に飾ってある掛け軸として捉える見方。または西洋庭園と日本庭園の庭師とも考えることも出来ようか。

幸運にも切り取る、EOS R5にて。

いずれも趣味嗜好の話であって、良し悪しの話ではないのである。自然をどのように切り取るか、また現像するかという観点から鑑みるに、写真家の思考、観念、経験などが反映されている事を、その写真を見てありありと実感するところなのである。時には室内の西洋絵画的に捉えても良し、特には茶室の窓から眺る庭園であると捉えてもよし、ただ写真そのものに、撮影者のモノの見方や捉え方が明かな形で表出するものである。

素敵な出会いに、結実する写真。

写真というものは絵画などとは違って、そこにあるものを写すに過ぎない。だからこそ被写体に対しては、尊敬にも似たような感情を抱くものである。それでも撮影者が切り取り、また選び、また現像する。そうすると表現という形を帯びてくる。そのままの印象で現像するのか、寧ろテーマ性を帯びた脚色を施すのか、このように考えながら写真集などを鑑賞すると、撮影者の内面にまで考えが及ぶところ。写真は撮っても観ても面白い。

EOS R5で切り取る風景。

素敵な出会いに導かれ、露出を合わせて撮影する。それを現像してしまえば、内面が露出している事になる。そこにも写真の真なる価値を見出せるところである。

ブログ:とんち話のような、構図に左右されない、構図の知識。

構図の話において一丁目一番地によくよく記されるのが、日の丸構図をやめて3分割構図などを取り入れるというやり方である。しかし、この場合にムック本に手っ取り早く記されているのは、主役となる被写体の配置だけのようである。であるからムック本の例題に示された日の丸構図の方がよく見える自分が、その時点で美的センスが無いような、そんなところから敷居の高さを感じてしまう事だってある。

構図だけでない、写真の要素。

ただ構図も確かに重要なれど、写真の四隅の配色、光と影の位置、背景の処理、表現としてのボケ量調整、正面に据えるのか斜めから撮るのか、または視点のアングル調整、線の流れを意識した視線誘導、主役と脇役の配置、画面構成の割合でどこまで切り取るかなど、写真にとって重要となるポイントは数多存在するところである。

このような技術や方法が身についているときには、日の丸構図という方法をもっと肯定的に捉えられるようになるところである。例えば状況や表現を鑑みて、3分割構図よりも日の丸構図の方が良いと判断できるようになるまでは、なかなかに経験が必要であろうか。または構図の知識も活かしつつ、ファインダー内の像を見て心象の赴くままに「好い」という感覚を大切にしながら撮影するには、なかなかに時間が必要であろうか。

好いという感覚で、撮る。

きっと写真を志している人や成長に思い悩んでいる人が、ムック本を手にするに違いない。そうすると新たに技術的な指南を授けてくれたりする訳だけれど、それは写真技術の一つの側面に過ぎないという事までも指南してくれないのが実情なのである。風景写真を撮影する時には、三脚を必ず構えて。または水の流れなどを表現するにはスローシャッターで。など確かに必要な知識ではあれど、表現の方法として絶対なわけではないという事を知るまでには、更に相当の時間がかかるものである。

実際には三脚は、日中の露光量が十分な場合には特に必要ではないものであるし、また意外にも三脚があることによって、行動やアングルや流動性といった写真撮影として重要な部分に多くの制約が生まれたり、時間や体力のロスに繋がるという部分が明確にされていなかったりする。また手持ちで不可能なほどのスローシャッターが水流表現に必ず必要というものでもなく、表現として自分の意思が最も重要であることが明確にされていなかったりする。

しかし、そうした点に気がつくまでには、相当な経験と時間が必要となったりするもの。そういう意味においては、三分割構図は実に手っ取り早く初心者を抜け出す事のできるポイントなのではないかとも思えてくるところなのである。構図の知識は、写真技術の一つの側面に過ぎないけれども、それはまた写真技術の一つの側面に過ぎない事を分かるための初歩的な知識でもあるのだった。

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このコラムの筆者
ZINEえぬたな

"古典は常に新しい"をモットーとして、相続されるべき普遍的な「価値」を次世代へ継承。

個人で編集するZINEをブログ上で運営。「えぬたな」は一つ一つの記事を読み切りとして編集。自らの写真と文章で、ヒトの思いを伝え、世の中の良いモノ、残すべきコトを紹介。

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