カール・ツァイス・イエナの銘玉、剃刀オールドレンズPancolar 80mm/f1.8。

M42/オールドレンズ

オールドレンズの大海原に出帆せし時、M42マウントレンズ界における雄。東西冷戦期に東ドイツのCarl Zeiss Jenaカール・ツァイス・イエナ社が製造した名玉の数々を見て見ぬ振りという訳には行かないものである。中でも特に有名なものとして、FlektogonフレクトゴンPancolarパンカラーというモデルが存在する。パンカラーは大口径標準レンズとして開発されたブランドで、50mmの方が流通量が圧倒的に多く、この80mmの希少性が高い。

いずれにせよ、その表現力については天下一品。濃厚なコントラストとダブルガウス型特有のコマ収差やボケ味が、この製品の面白さというべきところ。またマルチコーティングが施されており、写りそのものは現代的でありながら、見え味は赤っぽく、合焦したピント面は剃刀かみそりのように鋭い。80mmという中望遠域でありながら、F1.8という明るさが、よりその味わいを深くしている。

M42マウント単焦点レンズ、パンカラー80mm/F1.8の偉大な表現力。

クセのない淡白な表現は、現代の最新レンズを用いながら絞りを駆使しておきたいところである。だが折角ならば時には交換レンズそれぞれの個性を爆発させ、思う存分にその特徴を活かした写真を撮影してみたいものでもある。そんなときオールドレンズを用いてみると、マニュアルでピントを追い込む行為そのものが明らかに面白い。そこから生まれ出る表現は、レンズとカメラと撮影者という三者による合作パートナーシップによって完成されているような感覚が心地よい。

ただただ、無意識に歩く。

このレンズでも採用されているM42スクリューマウントは、カメラの電子化によって時代の潮流に飲み込まれてしまったが、その汎用性の高さは偉大であった。同型マウントを採用したカメラボディなら、例えメーカーが異なっていたとしても装着できるという魅力がある。勿論、マウントアダプターを介することで、現代のデジタルカメラでさえ楽しむことが出来るのだから至高。

繊細に、木漏れ日を捉える。

絞り開放も勿論のこと、一段だけ絞ってみても、二段絞ってみても、いずれにせよ様々に個性を感じる事が出来る。気軽な心持ちで清々しき山林に分け入ってみる。風によって揺れ動く木漏れ日。パンカラー80mm/f1.8で撮影しているだけで、気分が高揚するのが分かるというものである。濃厚な色彩を醸し出すレンズ、その描写は魅惑的で、次なる絵を心に思い描きながら、ただただ無意識のうちに山道を歩き回っていた事に気が付く。

東ドイツDDR、イエナと同じゲーテ街道のドレスデン。

因みにカール・ツァイス・イエナ社とは、高名なカール・ツァイス社の創業の地でもあるイエーナを拠点として、東西に分断された同社の片割れ。ベルリンの壁が崩壊した1991年に再び両社が統合された為、イエナ社の製品とはオールドレンズでしか相見あいまみえることが出来ない。

東ドイツのゲーテ街道ライプツィヒ、イエナより約70km。

当然ながら、東ドイツに残った技術者達を擁した為に、冷戦時に両社は世界的な光学メーカーとして覇を競い合っていた。当時、西ドイツにおいては、アメリカが秘密裏にイエーナから回収に成功した技術者と設計図を基に、カール・ツァイス・オプトン社が設立されていた。

持ち出しやすさ抜群、軽量の明るい中望遠レンズ。

F8まで絞っても、気持ちが良い。

足取りの軽快さを演出してくれる所以ゆえんは、F1.8という比較的明るい中望遠レンズでありながら、実際に小型で軽量であるという事実である。近年もっと大口径のレンズも存在しているが、設計上無理も少ない為にその性能は、非常に纏まりがあって使い勝手が良い。マニュアルフォーカスレンズであるから、手振れ補正機構やオートフォーカス機構が備わっていない分、最新鋭レンズにありがちな威圧感ある筐体を必要としない。

小型、軽量のオールドレンズ

その質量は約305g、フィルター径は58mm。比較的ずんぐりとした短小のレンズ本体。それによって、取り回し易さは抜群のものがある。重荷を背負って活動したくない時にも、最適な装備であると言える。写りの良さに加えて、こうした事柄の一つ一つが、パンカラー80mm/f1.8の価値を大きく引き上げており、簡単に持ち出しやすいレンズとして存在してくれる。

最短撮影距離、アジサイ撮影。

ただし最短撮影距離は約0.8mであるから、近くの物をあまり大きくは撮影出来ない。しかしながら80mmという焦点距離と開放f1.8という明るさによってボケ量は大きく、ピントによって被写体を浮かび上がらせることが出来る。ピントの合った場所においては、質感を感じ取れる程にパリッとした解像をしてくれる。そうした意味においての明暗差コントラストも素晴らしい。

開放によって、焦点を合わせる。

更に80mmという焦点距離は、肉眼の焦点距離に比較的近いと言われる50mmよりも長く、どうにも中途半端なように思えてしまう画角。しかし、撮影に際しては得手して絶妙なる使い勝手の適当な焦点距離だったりするのだ。

主役を明確に表現。

ポートレート的な撮影にも向いているし、主役を決めるような撮影で大活躍する。そればかりか環境も多少なりに含めて、説明的な描写に用いることも出来る。このレンズ一本持ち歩くだけでも、なかなかに面白い撮影行になってしまうのである。

カール・ツァイス・イエナ、完全にツァイスマジック。

透明感ある光表現、ツァイスマジック。

撮れば撮る程に、その魅力にドはまりしてしまう。マルチコーティングMCによって、強い光源を前にした時のフレアやゴーストは、オールドレンズの中では比較的少なく抑えられているが、同時にそれ自体を表現法の一つとして愛でる事が出来るのもレンズの魅力。光を捉えた時の透明感と開放でも滑らかで美しいボケに吸い込まれてしまいそうになる。

風景を切り取っても、活躍。

このパンカラー80mm/f1.8にも装備可能な、汎用性の高いレンズフードを用いるのも一興である。しかし上記のような意味において、敢えてフードを装着しないという選択肢も面白い。フレアやゴーストを極力抑えるという光学的な意義も見出しつつ、従来技術的には淘汰されるべき存在とみられてきたこれらをレンズ特性だと位置づけて愛でる事も出来るのは、大変に心嬉しい。

濃厚な色彩、妖艶な描写。

濃厚に映し出すコントラストと繊細な色合いの良さも相まって、撮影者が意図する以上の好ましい表現をしてくれる。絞り開放時における浮き出るような立体感。こうしたものこそツァイスマジックの真骨頂と呼べるものではないだろうか。フィルム時代の産物を、デジタルカメラにも装着して撮影できるという幸福感。そんな状況を贅沢に感じる事が出来るレンズなのである。

スポットライトを浴びている。

更に記すべき特徴。開放での撮影においては、周辺減光も比較的大きい。しかしながら、二段以上絞れば次第に軽減し、気にならなくなる部分ではある。むしろ、四隅が暗くなることによって、舞台の上で役者がスポットライトを浴びているかのように人々の視線を集める事が出来る。写真表現としてボケ量の大きさも鑑みれば、この視線の誘導がし易いというレンズの特性を撮影に活かさない手は無いと言ったところだ。

心に染み渡る、清涼感。

何よりこのレンズの素晴らしいところは、表現や描写が全てではない。それを持って歩き、それを用いて写真を撮る。たったそれだけの些細な出来事で、心が満たされていくのが分かる。予定通りに上手くいったであるとか、良い出来栄えの写真が撮れただとか、そうした日常の自我エゴイズムとは切り離された異次元の価値。今という時間を、ただ共に過ごすだけでいのである。

Carl Zeiss Jena Pancolar auto 80mm/f1.8 MCの作例

Carl Zeiss Jena パンカラー80mm/f1.8の外観と使い方

パンカラー80mm/f1.8をEOS7sに装着。

レンズ自体の大きさは、比較的小型で軽量、非常に扱いやすい。外観は精密機器としてのカッコよさが際立っている。ダイヤル部分の目盛りなど、メカメカしい外装は工業デザインとしての美しさを極めており、否応がなく所有欲を満たしてくれる。

最新のレンズキャップ。

レンズキャップはロック機構などは無く、スポスポとはめ込むタイプ。これが緩くなると、すぐにカメラバッグ内などで外れてしまう事もある。そうした場合は、別途58mm径のレンズキャップを用意するのも吉。別売りのレンズキャップは数多くあれど、やはりカール・ツァイス・イエナのレンズであるからZeiss社純正のキャップが良く似合う。

絞りの操作、ピント合わせの方法。ローレット加工の違い。

絞り開閉リングは手前。

絞り環は、レンズの後方にある。表示された数値には、1.8、2.8、4、5.6、8、11、16とある。また絞りリングの操作時には、カリカリッというクリック感があり、直感的に絞り値を合わせることが出来るようになっている。こうした作りの丁寧さからも、工業製品としての完成度の高さを実感することが出来る。

絞り羽根も開閉。

目盛りを数値に合わせるだけで、絞り羽根も連動して開閉する。とてもスムーズで滑らかな操作感は、とても気持ちが良い。因みに絞りリングには、金属加工によって平目ローレットが施されている。その為ピントリングとの違いが歴然としており、手触りだけでも感じ取ることができるようになっている。

ピントリングは非常に操作しやすい。

ピントを合焦させるには、レンズ前方側の操作リングを左右に回す。それによって、レンズが繰り出されたり、下がったりしてピントを調整することが出来る。ピント環の操作感は、トルクが滑らかに回転するだけで、快感を覚える程気持ちが良い。操作リングには、金属加工によって四角目ローレットが施されており、その感触の良さを高めてくれている。

レンズ装着の仕方。M42マウントアダプターについて。

M42マウントのST801。

このレンズのマウントは、M42スクリューマウントとも呼ばれている。その名の通りにネジの要領で、回転させながらねじ込む事で装着するものである。例えば、アサヒペンタックスSPやフジカST801は、M42スクリューマウントをデフォルトで採用しているフィルムカメラとして十分な実力を備えている。

マウントアダプターを用いて、装着する。

キヤノンのEFマウントを採用したフィルムカメラにも、マウントアダプターを介する事で使用することが出来る。最新の電子制御フィルムカメラにまでも装着できる事で、使い勝手の可能性の幅は十二分に広がるものである。当然ながら、この方法を利用すれば、デジタル一眼でも装着できるのは、非常に頼もしい。

レビュー:単焦点中望遠レンズ。パンカラー80mm/f1.8、軽くて小さくて頼れるヤツ。

素晴らしい表現性に、魅了される。

オールドレンズというには、その写りは比較的現代的であるように思えるが、しかし表現力に至っては、ツァイスマジックというに相応わしく著しく優れた魅力が備わっている。特有の色彩美もあれど、ボケ味も秀逸。しかも持ち歩く際には、小型軽量である事によって行動を制限される事がない。旅やスナップには最適なレンズであり、表現性を活かす事で必ずや写真作品にも昇華する事が出来るものである。

猫のポートレートにて、横顔。

ポートレートにおいても、浮かび上がるような描写が気持ちよい。ピントが合ったところには、自然と視線がグッと吸い込まれていくような力強い表現が可能。80mmという焦点距離はこうした場合にも、使い勝手に著しく優れている。明るいレンズで暗いところにも難なく対応でき、絞り開放でのボケが好ましく適量なのも嬉しい。猫の横顔を照らす、うっすらとした光。ふとした瞬間、力まずとも切り取ってくれる頼れるヤツなのである。

パンカラー80mm/f1.8の特に優れたポイント

表現力と扱いやすさ、デザイン性の良さという部分によってもたらされる、心理的部分は必ずやポジティブなものである。そして、いつでも撮影したいという気持ちにさせてくれる。時にはオートフォーカスではなくして、マニュアルフォーカスによって焦点を合わせてみる。それは非効率な行為であるというよりも、楽しむ過程であることを思い出させてくれるのである。

狙ったところに手動でピントを合わせて緻密に撮影する。すると、レンズが備えたる精細なる描写力が、写真を至高の楽しみと昇華してくれる。写真を撮るという行為を、決して単なる作業で終わらせはしない。もっと豊かな時間として捉え直すことが出来るようになるものである。

パンカラー80mm/f1.8の苦手とするところ

どうやら純正のレンズキャップが、前後ともロック機構が無い為に外れやすい。バッグの中で自然と取れてしまっている事もままある。そんなときには、別売の製品を取り付ければよいというだけなのであるが。

またオールドレンズ全般がそうなのであろうが、防塵防滴機構であると謳われていない部分も多少気にかかる点である。であるからして雨天時に堂々と撮影する事は避けて行動したい。また保管時には防湿庫などを利用しながら、カビやホコリに可能な限り対策をしておきたいものである。

もしも当初防塵防滴仕様のものであったとしても、長い年月を経ていたり、オーバーホールを実施していたりすると、厳密にその性能が担保されるかは分からないものである。だとすれば、可能な限り晴れの日に運用してあげたい製品という事になろうか。

コラム:ボケを、レンズを、もっと活かしたくなる。

F16程度まで絞った、パンフォーカス。

風景写真というと、ピントが全画面に合っているようなパンフォーカスを用いたくなる。つまり、画角すべてが主役である場合には、そのような手法に特に意義を見出しやすいものである。写真家の前田真三氏は、肉眼で見た通りの風景写真を提言しており、人の目線アイレベルで撮る事、手前から遠景まで全てにピントを合わせて撮る事、この二つを特に信条としていた。

こうした手法を用いた写真を大きく印刷して眺めると、隅々まで目を凝らして発見できるような興味深さが出てくるものである。こうした表現もまた非常に面白いのであるが、オールドレンズのパンカラーなどを用いていて、かえって面白いのは絞り開放で撮影する際に、画面上に現れてくるクセだったりするのである。

パンフォーカスの風景写真のように、レンズやフィルムの性能を活かしながらも、表現としては没個性のような緻密な風景写真も感動は大きいところである。しかし同時に、ボケ味や歪みや減光といったレンズ各々の個性を写真に十分に反映する方法も同様に価値があるように思える。正解は無い問いなのだから当然なのかもしれないが、パンカラー80mmはそうした事柄を教えてくれる導き手のような存在。

特にこのような明るいレンズである場合、絞り開放で意図を的確に反映させながら撮影するには、的確なピント合わせが必要である。マニュアルフォーカスである事を鑑みれば、絞り込んで撮影する場合よりも、その部分において緻密な操作が要求される。そうしたところも撮影が奥深く、より面白くなるところである。

はたまた表現としては、主役を明確にして視線誘導を行いやすい。また背景と差別化させる為に、画面がゴチャつかない点も良いところであろうか。ポートレートや動物写真などで用いてみると、非常に面白い表現である事が伺えるものである。写真の撮り方に厳密なる定義や正解は無いと信じ、あらゆる表現を受け入れ、または試みてみたいところである。